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天使になった実君。

  • 弟とおどけて・・。
    長男、実は2005年2月10日に生まれて、8月21日に突然に世を去りました・・。 何もできないパパでしたが愛と笑顔をふりまいてくれました。 感謝を込めて綴りたいと思います。

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2009年2月

2009年2月28日 (土)

カウチンセーターで温かにして。

Img_1134 昨日までの冷たい雨は止みましたが風は相変わらず冷たい週末となりました。そんな今日はカウチンセーターを着てみました。このカウチンセーターはカナダのカウチン族に由来するもので、厳しい自然環境の中でアウターとして着られていただけに毛糸も油脂成分が含まれたままなので撥水性と防寒性ともに備わっていて本当に温かです。

本場カナダ製で、オレンジの毛糸が編みこまれている幾何学模様のカウチンセーターにテイジンメンズショップのコーディロイパンツにウォークオーバー社のスゥエードのチャッカーブーツを併せました。セーターのインナーはタッタソールのネルシャツの下に濃い茶色のタートルネックニットを着込み、頭には同系色のニットキャップで寒がりの私として万全にしました。ポケットにはスゥエードのグローブも・・。もう春ですが寒い時はそれなりに装いたいです。

今日は1930年代ファッションとは違いますが往年のヘビーデューティ・アイビーでないですが、アウトドア風に装って出かけました。

話を聞きながら「フムフム・・。」それって???

早いもので年が明けたと思ったら、もう3月で、我が家の姉妹も2年生と6年生に進級する季節になりました。長女も最高学年とは月日が経つのは早く思えます。二女も保育園とは違う学校生活で班活動やら当番の役割等を通して学校生活に馴染んだようです。

先週末に二女の担任の先生より電話を頂きワイフが不在だったので私が応対したのだが、娘の先生となると緊張してしまうものです。用件は二女が同じ子から突き飛ばされたりして転ばされ続けて怪我したので、連絡帳で通知して間に入って指導して頂くようお願いした事ででしたが怪我したという事で驚かれたらしい・・。

勿論子供同士の事だから色々あって成長するのだから相手の御子さんを糾弾するつもりなど毛頭なく只、やんちゃも度を過ぎると危険なこともあるので報告したまでと話したら安心したようでしたが・・。

まだ教職に就いて三年目位の若い女性の先生なので驚かせてしまったようです。こちらの意見を聞かれて話したのですが、そのときにの受答えに驚きました。こちらの話を聞きながら「はい」でなく「フムフム・・。」と相槌を打つように言うのには違和感を覚える以外ありませんでした(・_・)エッ....? それ以外はきちんとした敬語で対応しているのに??? 別にそれが悪いとは思わないがあの受答えは初めてだったのでお陰で此方の緊張もほぐれたというか(笑) 

「フムフム」は日常会話で口語体として一般的に使われているのか考えてしまいました(;´▽`A`` まぁ自分にしても人が聞いたら???と思われる事も言っているのでしょうから、言葉よりも話題の本質を理解していただけたら有難いのですが・・。こちらは問題提起して事を荒立てようなど思いもしないので・・・真剣に子供達とも親とも向き合おうとしているのは判るので先生も色々と大変だと思ったのでした。

然し「フムフム」って会話で言いますかね?? どうなんでしょう( ^ω^ )

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2009年2月26日 (木)

おくり人・・・それぞれの悲しみの表現・・。

映画「おくり人」がアカデミー外国映画賞を獲得したニュースがテレビ、新聞紙面を飾っていますね。私も観たいとは思うのですが、どうも観る勇気というか気持ちと裏腹に劇場に足が進まずにいます。観た知人は口を揃えていい映画だといっていました。

私はこの十数年に両親も相次いで亡くなり産まれて間もない長男も突然に亡くして、身内との死別を重ねてきました・・。何やら死神を背負っているようにも思えて、また天のイジメとも受け取ったりと・・何故ここまで身近な人を次々に送らなければならないのか?  両親は平均寿命より若くして逝きもっと長生きして孫の成長を楽しんでもらいたかったと思いますが、順番と思えば受け入れざるえないと自分に言い聞かせもしました。子供を送るのは耐え難く、受け入れ難く何よりも子供を守れなかったという自分への怒りも悲しみと共に続いています。

家族を亡くしてみて「悲しい!」という一言の表現の中にも先に書いたような様々な思いが巡るものなのだと・・。 いい歳して恥ずかしい話ですが私は泣きたい時には子供の前でも平気で泣いてしまいます。親としては不甲斐ない有様なのかもしれませんが抑えられないから仕方ないと・・。むしろ感情を押し殺して泰然自若とするより、自然に湧き出る涙は流した方がそれはそれで良いのではと思います。ワイフも子供達も公認で「パパまた泣いてるね!」「泣かせてあげなさい!」仏壇の前で涙する私にコレです(笑)

私達夫婦は長男を・・娘達は弟・・かけがいのない肉親を亡くすという同じ悲しみでも、ワイフは長男の写真を家中に飾り自身も肌身離さず持っています。娘達は家族の絵を描くときに羽をつけた天使となった弟を必ず加えます。仏壇に毎日専用のコップでお茶を供えてもくれます。家族でも悲しみの表現は其々なれど亡き肉親への追慕の気持ちは一緒なのだと。

夫婦で涙することも・・・「涙そうそう♪」を聴くと私もワイフも涙が浮んできてしまいます。「悲しみに負けずに!」という考えも一つかも知れないけど勝ち負けとかでなく、この切ない感情を自然に受け入れて日々過ごしていけたらと・・。

涙そうそう Music 涙そうそう

アーティスト:夏川りみ
販売元:ビクターエンタテインメント
発売日:2001/03/23
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2009年2月23日 (月)

ブラウンカラーのチョークストライプ・ダブルブレスト4ボタン

今回は茶色のスーツの紹介です。茶色のスーツと言うと年配の方が着られるスーツのように思われそうですが私は好きな色なので愛用しています。それもダブルブレストのロング・ターンモデルで仕立ててみました。正直この形で仕立てるのは迷いました。

何故だというとダブル4ボタン下一つ掛けは80年代のバブル期に大流行した、アルマーニに代表されるイタリアン・ソフトスーツのイメージが強かったからです。然し茶色というカラーゆえ6ボタン2つ掛けでなくこの形にしてみました。

80年代の当時のソフトでルーズな仕立てでなく1930年代よりの伝統的なシュルエットに拘り、茶色にクラシカルなチョークストライプの入った生地をチョイスしました。生地はセルッティのビンテージでした。茶のスーツには白いシャツでなく淡いベージュのシャツの方が全体の流れに沿うのでネクタイもやや明るめの小紋柄を締めて茶系でVゾーンをまとめてみました。靴はロイドフットウェアのブラウンカーフのストレートチップです。

テーラーの腕も確かなのでソフトスーツとは違ったクラシカルなスーツに仕上がり満足です。アルマーニにしてもラルフ・ローレンにしてもクラシックなスーツをインスパイアしてデザインしたと聞きました。当然といえばそうですが基本はクラシックなんですね。このブラウンカラーのストライプスーツは正直冒険でしたがお気に入りです。週明けでなく週末に茶系のスーツは着るようにしています。

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http://www.the30sstyle.com/                                                    

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2009年2月22日 (日)

週末はのんびりと・・・。

今週末は、土曜は長女が「子供の声を聞いてよ!」なるタイトルの地域の子供達によるゲームや意見交換の会に行き、二女は友達と約束したので二男とワイフと近くの区民センターを散策してのんびりと過ごしました。 二男は区民センターでコンビカーが気に入りまたがって大ハシャギです。しっかりと両足で地面を蹴って前に進ませるので足の力も備わっていると安心させてくれます。 遊び疲れるまで乗り、帰ってから昼寝を気持ち良さそうにしていました。

長女も地域の子供達との交流を楽しんできた様子で自発的に参加した事に積極性が備わってきたと嬉しく感じ、ディスカッションの場では緊張しながらも意見を言えたそうで良い勉強の機会となり良かったと・・。二女も保育園時代からの仲良しのお友達と楽しく遊べて木登りもした話に体力がついてくれればと思い其々、親離れのひとつだとしたら寂しさも感じましたが何時までも〔親べったり〕でない事に安心もしました。 

何れは二男もそうなっていくのでしょう・・・。長男も生きていれば四歳でやんちゃになる頃と思いは巡ります。 今日は家族でお台場へ行って来ました。バーゲンの情報に子供服の購入に行きましたがサイズを合わせながら身体の成長にも驚きました。ゲットした服を手に喜ぶ二女の姿にいつもお姉ちゃんのお下がりばかりだったので我慢していたのだと想うといじらしくも感じました。帰りは和菓子やさんで白餡に小豆が入った〔とら焼き〕を買い家族で美味しくオヤツを頂き、ゆっくりと過ごせました。こんな時間が私もワイフもビタミンになっているのだと子供達に感謝です。

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2009年2月21日 (土)

学童保育クラブの保護者会。

金曜日の夜は二女の通う学童クラブの保護者会でした。3月一杯で退所するので「子供の家庭での様子」を各親が話すところで私の番の時に指導員の先生と父母会の親御さんにお礼の挨拶をしました。

人付き合いが苦手の私にとっては良い勉強の場でもあったと振り返ると思います。長女の頃から四年間ナカナカ溶け込めないというか馴染めずにいましたが、色々な親御さんの考えを聞けたり、何よりも親同士の付き合い以上にクラブ児の子供達との交流は子供大好きの私にとって楽しみだったので寂しい気もします。

キャンプや父母会運営を巡り率先する親御さんと言い合ったりもしたので「うるさいのが消える!」と思っている親もいるでしょうが(笑) 去り行くものとして思うのは、子供が快適に生活を送るために一生懸命になる事は良いのですが、親同士の集まりとして横の繋がり゛という事を念頭に入れて活動すべきだと思いました。前にも書きましたが学童命の一部の親が自分達がリーダーという自覚はいいとしても、1年生の親が意見を言うと反発と話を吟味もせずに跳ね返すのは如何なものかと?

学校とは違う、学年を超えた折角の横の繋がりも、一部の親がそういうスタンスだと「言って睨まれるよりは・・。」と新しい意見も反映されずに逼塞してしまうようになるのは残念だと思いました。現にそういった理由から活動から距離を置く親も多いのも長女の頃から見てましたので・・。

まぁ色々ありましたが、これからも子供達の放課後の生活の場として親同士も指導員の先生とも良い繋がりの場であって欲しいと思います。来月は卒所式、父母会定例会が最後。寂しいけど新年度からは外から子供達の安全を影ながら見守れればと思います。

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2009年2月20日 (金)

グレンチェックのスーツで。英国紳士に倣って。

今日はグレンチェックのスーツの紹介です。グレンチェックは別名「プリンス・オブ・ウェールズチェック」とも呼ばれていて、英国元国王のウィンザー公が皇太子時代の1930年代に着てから紳士達の流行となりその名がついたそうです。 チャールズ皇太子も着用されているようですね。ある意味英国を代表する柄の一つだと言えるでしょう。

私もこのグレンチェックが好きでこのグレー系はシングルとダブルで一着づつとブラウン系をダブルで着ましています。同じグレンチェックでもグレー系は都会的に、ブラウン系はややカントリーな感じで、表情が違っていて楽しめます。今日は明るめのグレー系でグレンチェックの上に茶色のオーバープレードが組み合わされている生地をスリーピースに仕立てました。襟は1930年代に倣って剣襟です。

ビジネスライクにレジメンタル・ストライプのネクタイに柄同士がバッティングしない程度に細かいストライプのシャツを併せました。靴は黒だとスーツに対して重くなるように思えたので敢て茶のカーフを履きはずしてみました。

ウィンザー公は難しいとされる柄同士の組み合わせ〔パダーンオンパターン〕でグレンチェックのスーツを見事に着こなした写真を見ましたが私にはとても勇気がなく、どうも無難に着てしまいます。やはりあの方は天性の気品とセンスを持っていたからこそ下手すれば野暮ったくもなりそうな併せもサラリと着こなせたのだと・・・・感服です。

Img_1129  グレンチェックスーツについては此方のサイトでも詳しく掲載されています。どうぞご覧ください。

http://www.the30sstyle.com/

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2009年2月19日 (木)

氏名印の時期到来です!

この時期は受験シーズンですね。私の仕事ではこれから新入生の氏名印の受注の時期となります。 昨日は今年第1号の受注の氏名印70個程を製作、完成しました。

一人ひとり誤字がないか校正してゴムに焼き付けてから裁断、印面を貼り付けて見出し(台木の裏面の印字表示)を付けるのですが結構数があると細かい作業で神経を遣います。

気をつけるのは印面と見出しを間違えないようにという事!見出しは山田太郎さんなのに押してみたら斉藤次郎さん・・なんて事にならないようにじっくりと腰を据えて集中して行います。全て終わってからも完成校正で確認してから梱包です。どの作業もそうですが数がある時ほど雑にならないように心掛けないとケアレスミスに繋がるを気をつけないと。

この時期は納期に余裕があるのですが、三月の半ば過ぎの受注は急ぎのリクエストが多いので焦ってズッコケないように神経をより遣った作業となります。まさに黙々と続けるのですが納品して、クレームがつかずに〔ご苦労様でした!〕お客様より仰っていただいて完成したとホッとするものですね(^-^; 手職として正確に良い品物を届けたいと思います。

参ったのが娘達が帰ってきてキャッキャと二女がはしゃがれた時は普段なら愛くるしいのですが気が散るので勘弁してくれ( ̄○ ̄;)!でした。私がたしなめていると長女が「パパ忙しいらね。」と優しく諭して沈静です。そして静かに作業を2人で見守るように見つめて「パパのお仕事カッコいいから写すよ!」と二女が写真を撮ってくれました。実際それに答えるゆとりもなかったのですが仕事を娘に認めてもらったようで嬉しかったです(゚ー゚)

然し終わってから二男を保育園に迎えに行き、帰ってから背中が痛いのには閉口です。健康管理も怠らずにシーズンをシッカリ努めたいと思います。

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2009年2月17日 (火)

ダイレクトメール。期末に向けての苦策・・。

早2月も半ばを過ぎ、只でさえ3日少ないのだから3月の年度末の決算期へ向けて、何か策をと思っても通り一編の考えしか浮ばずに・・・・。通り一遍でもやらないよりはと思いついたのがダイレクトメール。 飛び込みもしていますが早々簡単に上手く行かず、職人として製作作業の時間もあり外周りだけという訳もいかずに思いついたのがこの手だった訳です。

夕方仕事が一段落した頃にチラシとあいさつ文の簡単な物を封筒に入れて近辺の会社さんに送りました。結果は判らないけど何もしないよりはと・・・。簡単に新規開拓が成される訳がなくどの業界もそれで苦しんでいるのですから兎に角やれる事はやってみる事からと始めてみました。中小零細企業にとって正にこの氷河期ともいえる大不況の中を生き抜くのは半端でないと身にしみます。

じっとしていても何も進まないからこそ何でもトライしてみる!何かに活路が見出せれば・・。そんな思いで飛び込み営業とダイレクトメールは諦めずに根気をもって臨もうと思います。三月の期末に今せっせと巻いた種が芽吹く事を祈って・・・。

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2009年2月16日 (月)

「小泉劇場」の第二幕?・・。

「小泉劇場」がまた・・・等とマスコミが小泉元総理の麻生批判を取り上げて書いているようですが某ニュース番組で人気キャスターが「国民の生活より党内の主導権争いに躍起になってるようだ!」コメントしていました。

難しい事は判りませんが、前々から言われてる「国民不在」を露呈している表れのようですね。失業率が異常に上昇して、自分自身もいつそうなるか判らない今日!日々の暮らしを守る為に誰もが必死になっているのに権力争いは?・・・。元総理はどちらかと言うと様々な負の遺産を造ったと言われてるだけに麻生首相の「郵政民営化」についてのブレも省みない発言が立腹だつたのか・・。正直、どっちもどっちとしか思えず、今憂慮されている問題打開にについて建設的に考えてこその政治と思うのですが。

小泉元総理は規制緩和の促進等の負の遺産も造りましたが、ハンセン病元患者の方々への謝罪や北朝鮮の拉致問題では彼の地に出向き拉致被害者の帰国に結びつけたりと功罪共にありますが、バイタリティは確かに凄い政治家だと思います。

学生時代に「日本の経済レベルは世界のトップクラスに上がったが、政治レベルは上がってない!」と講義で聴いた事を思い出しました。私論で僭越ですが小泉元総理はもう口を開くべきでないと思います。この期に及んで出しゃばって揉ますのは如何なものかと。元総理に限らずトップ の座を退いた人はもし物言いをつけるなら担ぎ出されても乗っかって徒党を組まずに直接に現職に言うべきでは?  引退まで表明しているのに 晩節を汚すべきでないのではと。

英国では「カントリージェントルマン」と言うそうですが第一線を退いて、地方で隠遁生活を送っているが大事な時だけ中央に行って物言いが出来る人物だそうです。 日本では最近色々な刊行物に取り上げられている「白州次郎」という戦後に活躍した吉田茂の懐刀だった方がそうだったと知りました。

確かに麻生総理の発言は軽すぎて、不安になりますが自分のやってきた事を否定されたと子分にかつがれて出張らずに「老兵は死なずただ消え去るのみ」と小泉さんには静かに退いて欲しいものです。

Sokaku

足元を引き締めて・・・。靴のお話です。

今日は靴についてです。「地に足をつけて」とか言いますが、足元を引き締めて装う事に私は気を遣います。常に自分で磨きこみ、ケアも大切にして痛んだら修理して長く愛用しています。最近ですが近所に靴の修理やさんが出来てそこへお願いしたのですが、実にシッカリと直してくれました。若い女性の職人さんですがリペアラー〔修理職人〕として某有名リペアショップで腕を磨き独立されたそうです。

ビジネスに通用する靴と言うと先ず基本は「黒の革靴」ですが様々なタイプがありますね。クラシックな紐靴タイプでもスッキリした何の装飾もないプレーンレーントウにストレート・チップ〔一文字〕やウイングチップ等。中でもプレーントウとストレート・チップは冠婚葬祭の礼装にも使える万能選手です。ウイングチップやユーチップは礼装には向かないとの事。でもビジネススーツには使える靴ですね。どのタイプかは各自の好みですが、大切なのは常に綺麗に磨いていたい事です。一日履くと埃もついて汗とかで革も疲労しているので柔らかい布などで拭いてシューキーパーを中に入れて休ませて上げています。足を守ってくれる靴への愛情も大事にしたいと思います。

写真は愛用の黒いシューズ達。 左のウイングチップは紐のついていないタイプ〔何というのか?ご存知の方教えてくださいm(_ _)m〕 ヤンコというスペインのメーカーの物です。真ん中のストレート・チップはイギリスのチャーチの物で冠婚葬祭はコレです。右側のダブルモンクストラップシューズはスコッチグレインの物で結構履きこんで修理も幾度もです。どの靴もビジネスシーンで足元を引き締めてくれる大切な一足です。

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2009年2月15日 (日)

英国調のラルフ・ローレンのセーター。

今日は英国調のセーターを着てました。このセーターはもう15年以上も前のラルフ・ローレンの物で某アパレルメーカーのバーゲンで手に入れて以来愛用しています。

このセーターに広尾にあった30年代のショップ「コイーバ」のアイボリー地にストライプの入ったロングポイントカラー・シャツに「ドレイパーズ・ペンチ」のウール地のアスコット・スカーフを巻いて、トラウザースはモスグリーンのサキソニー地の物に靴はブラウン・スゥエードのギリーシューズを履いて、英国カントリー調に着てみました。

どれも随分昔のアイテムですが飽きません。年月が経つほど愛着一入で身体の一部のようです。当時はラルフ・ローレンが好きで英国の香り漂うエレガントなコレクションにお馴染みのポロプレイヤーのロゴ入りのポロシャツやボタンダウンシャツにチノーズといったアメリカンなライン共に今も愛用しています。1930年代のクロージングにも繋がる英国調のこのセーターはお気に入りです。

Img_1112 ちょっとトラウザースのラインが・・・・。ポケットに鍵を入れたらコレです。ジャケットもボトムも余り重い物を入れたりするとラインも崩れて生地も負担を掛けるので気をつけたいものです(^-^;

2009年2月14日 (土)

SIDS家族の会とバレンタインデー

今日はバレンタインデーでしたね。午前中はまるで初夏のような暖かさの中、近くの図書館に家族で出掛けて、午後からは長女と二女が留守番してくれて、家内と二男とでSIDS家族の会のミーティングに行って来ました。

この会はSIDS(乳幼児突然死症候群)や病気等で子供を亡くした親の集まりで、思想とか宗教とかの団体でなく純粋に亡くなった子供への想い等を語り合う場です。私は半年ぶりで夫婦で参加するのは初参加して以来で二度目でした。毎回、同じく子供を亡くした方たちの話を伺い、こちらも胸の内を聞いていただくことで救われる想いがします。言わば会のビ・フレンダー、(やはり御子さんを亡くされた方で研修をうけた進行役の会員の方)の言葉を借りれば「亡くなった子供達の保護者会」なのです。

今回久々に夫婦で参加して、家内も私も亡き長男への想いを聞いてもらいビフレンダーの方々や会員の方と交流ができました。同じ悲しみを持つ親同士だからこそ話せる事もあり、貴重な場所なのだと改めて思うのでした。二男を連れて行ってよいのか迷いましたが・・皆さん暖かく接していただき感謝です。私も久々に長男の話を聞いてもらい泣かせてもらえてました。

長女と二女もよく留守番してくれました。そして帰ってから夕食後に手作りのチョコレートをプレゼントされて感激です!家内からもコーヒー味のチョコレートをもらい家族っていいなとあらためて思うのでした。 今年のバレンタインデーは亡き長男の保護者会と子供達と家内からの心尽くしで気持ちも今日の天気のようにポッカポッカしました。 これも亡くなった長男が私達家族を見守ってくれているからなのだと思います。亡き長男の御霊と共に家族の絆を大切にしていきたいです。

Img473ae7dc359a5png_3            長男が姉の運動会に行った時の写真です。次の子が産まれても悲しみは癒えませんが、今も彼の魂は側にいて共に暮らしていると・・・。

2009年2月13日 (金)

学童保育クラブの卒所生への餞のスタンプ

九州地方で春一番がふいたというニュースを聞きました。春は其処まで来てるんですね。

春というと卒業式・・・・。新たな旅立ちでもあります。二女の通う学童保育クラブでも「卒所式」が三月早々にあり、三年生がクラブを巣立ちます。 新学期からは各自、放課後は自分で帰宅して両親が働いている間に留守を守るなり自分で時間や鍵の管理等をして過ごすようになる訳で・・親としては不安もあるでしょうし、子供としてはクラブ室で過ごしていた時間を自由に使えて友達と遊んだり出来るので期待している子もいるでしょう。

ある意味自立の第一歩なのかもしれません。そんな彼らに私は卒所式ににスタンプを進呈しています。上の娘もそうでしたが最上級生の三年生には本当に良く面倒見てらいました。日々のクラブ生活、キャンプなどの行事や帰宅時に安全を配慮してくれたりと。

感謝の気持ちと、自分の大事にしてこの先幸多かれと祈って一人ひとりの名前を落款ゴム印にして。皆「昼間の兄弟」として助け合って過ごした3年間を大切に新たな新学期を迎えてくれれば嬉しいです。 様々な家庭環境の中で育つ子供達が学校と違って三学年共に過ごすのは良い環境だと思います。学年が上になると責任感が芽生えて下級生への配慮など身についていくのが長女を見ていて思いました。

残念ながら二女は本人の希望で年度末で退所しますが一年間通った事で得たものもあったと思います。あくまで親の都合で通わせているのですから新学期からは自分で時間の管理などを身に着けてくれればと。

卒所生の皆さんには二女がお世話になりました。と感謝のスタンプです。

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2009年2月12日 (木)

仕事中にラッカー液でふらついて・・・。換気忘れて・・。

私の仕事は切った貼ったという仕事なのですが(笑) スタンプの修理も承っています。今日はその修理でお客様からお預かりした透明ブラスティク台(写真)を使って印面を新しく張り替えるオーダーの仕事での出来事・・・。

古い印面を剥がした後に見出し文字と台座についた糊を落とすのにラッカー液を布にしみ込ませて使うのですが、不覚にも換気扇を回さずに作業していて、気持ち悪くなり吐き気に襲われる事に(@Д@;数があったこともあり少しでも綺麗にと入念に拭いていたらこの始末です・・・。 気持ち悪いはふらつくはで放心状態となりワイフが帰ってきて臭いに驚くほどで、私の顔色は悪いはで換気扇だけでなく冬場に窓を全開する騒ぎになってしまいました(〃゚д゚;A A゚Å゚;)ゝ ゚+:.

暫く休んでようやく頭痛も治まり、スッキリとはいかずまでも回復してきたのですが、とんだタイムロスとなってしまい悔しいやら情けないやらで・・・。これも気の緩みだと深く反省です(≧ヘ≦)

仕事上、電動ノコギリやら危険な事は気を引き締めないと・・あらためて思ったのでした。

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home・・・しみじみと響く歌。娘との帰り道に浮んで。

木山裕策さんの「home」という歌、ご存知と思います。昨年の紅白で聴き、父親が子供への家庭への思いを見事に歌い上げていて聴きほれてしまいました。

二女を学童に迎えにいった帰り道で茜色の空を見上げ、娘と手をつなぎ歩いた時に『帰ろうか帰ろうよ♪茜色に染まる道を♪』との歌詞が浮んできました。歌の通りふとした瞬間に家族がいる幸せに浸れるのは自分は幸せ者だと・・・。こんな混沌とした時勢でも家族が一緒にいて子供が笑顔を向けてくれるだけで幸せだと・・・。『君がくれた溢れるばかりの幸せと真っ直ぐな愛を与えられた時間でどれだけ返せるだろう♪』本当にその通りです。

歌手の木山裕策さんは癌を患い声まで失いかけたそうですが家族の支えがあって歌の道のスタートラインに立てたとの事・・。私も癌ではないにしろ健康を害したりもしましたが家族の支えがあって生きているのだと・・。私と同年代で同じく四児の父と言うことも共感してしまいました。

ただ『パパのパパやパパのママに有難うって本当に言いたくなるんだ♪』というフレーズは亡き父と色々あっただけに思えたら良いのにな~。とシュンとなりますが(ノ_-。)『いつも、いつの日もありがとう♪』家族への感謝は忘れずに過ごそうと思わせてくれる歌です。

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アーティスト:木山裕策
販売元:エイベックス・エンタテインメント
発売日:2008/02/06
Amazon.co.jpで詳細を確認する

2009年2月10日 (火)

亡き長男のバースデー。授業参観で彼の面影を重ねて・・。

今日は亡き長男の生きていれば四歳になるバースデーです。朝から彼の顔が浮かんで落ち着きませんでした。娘達の学校の授業参観へ二男を保育園に送ってから行って来ました。溌剌とした子供達の表情の中にも長男の面影を追ってしまう私でした。

思えば長男を亡くしてから・・保育園で学校・学童で会う子供達に長男の面影を重ねていたような・・・・。「死んだ子の歳は数えるな・・。」と諺にありますが生きていれば今頃・・・と追いかけてしまうのです。二男が生まれてからもその癖は変わることありません。

2人の娘の授業を参観した後に仕事へ戻っても思いは同じでした。午後ワイフから電話があり、職場で頭をぶつけて怪我したとの事・・迎えに行き病院へ!奇しくも4年前長男が産まれた病院で手当を受け、検査の結果幸いに対した事なく済みました。きっと長男が守ってくれたのだと夫婦して思ったのでした。 病院から戻り仕事に復帰しようとしたら今度は学童から二女が発熱したとの事で迎えに。家に送りその足で二男を保育園に迎えに行くと検診が今日あり異常なしとの事! 帰ると二女も元気になり食欲もあり一安心です。

皆して守られていることに感謝しました。夕食の後、ささやかにシナモン・ケーキで「我が家に生まれてくれた事を感謝する会」を家族でしました。 実際六ヵ月で亡くなり迎えることはなかったバースデーですが家族として生まれてくれた事に感謝しようと毎年おこなっています。

折角我が家に生まれてくれたのに親として何をしてあげられたのか?病とは言え助ける事も出来ず申し訳ない限りで胸が張り裂けそうですが彼の分まで3人の子供達を守ろうと誓いを新たにする日でもあり、いつか役目を果たして生を終え空の上に行って笑顔で彼を抱き上げる日までしっかり生きようと涙が込み上げながらも想うのでした。

『実君・・パパ、ママ、ネーネに可愛い貴方の弟の事をいつもお空から守ってくれてありがとう!いつかきっと会えると信じてパパは今を生きるからね!』

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ビンテージ・ネクタイ。

今日ご紹介するのはビンテージ・ネクタイです。1950年代のアメリカ製です。鮮やかな赤色に幌馬車が描かれています。こうしたネクタイはアメリカで1940年後半から50年代にかけて作られたようです。ビジネスで着けるのは抵抗がありますが、プライベートなら面白いと思います。

コンディションも上々で多少汚れもあるのもビンテージならでは。クラシックな三つ巻き仕様で丈も現在のネクタイより短く作られており、流石はリアル・ビンテージです。

ビンテージショップを巡ると逸品との出逢いが・・私のコレクションです。

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2009年2月 9日 (月)

週の初めは引き締めて。ダークスーツで!

月曜日とあって引き締めた装いで仕事をしたいものです。そこで今日はチャコールグレー地に白と茶のストライプが交互に入った(オルタネート・ストライプ)のスリーピースにしました。

形は1930年代のスタイルを模してピークド・ラペルの二つ釦型でシャツは白のロングポイントカラーシャツにネクタイは当時流行ったアール・デコ模様の黒字にオレンジ色が施されたものを併せてカラーピンで襟元を引き締めて敢て華やかにしました。

このスリーピースはベストが加わるだけで貧相な体格もカバー出来てその上に保温効果もあり寒がりの私にはうってつけです。当時はスーツはスリーピースが当たり前で、ベストが省略されるようになったのは第二次世界大戦後だとか。Img_1109当時は帽子もマスト・アイテムでした。今回は帽子を被ってますが仕事の時は車が多いので被りませんがプライベートの折は愛用しています。これも結構 温かですよ(*´v゚*)ゞ スーツに中折れ帽はクラシックな装い。帽子が復活するといいなとも思います。

The30sstylebanner0702 私の教科書サイトです。当時の紳士服を網羅された方の主宰だけに楽しめます。

http://www.the30sstyle.com/

パソコン音痴で・・・・。

年度末を間近に、売り込みのチラシ作成をしているのですが、一向に進まず焦りが( ̄Д ̄;; 昨年「チラシ作成ソフト」なるものを購入してピコピコとやっていますが、サンプルのような逸品が出来ずにいます。

パソコン音痴と言うか・・・。うーん・・・でも継続は力なりで何とかなると一念発起で始めたことですから諦めない事が肝心と自分に言い聞かせて。 でも難しいものは難しい。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。  完璧にしようと思ってもプログラマーのようにはいかないのは当然だけど少しでも判りやすいインパクトのある物を作りたい気持ちは強くそれ故に立ち往生してしまいます。

あー!!美味しいイタリアンローストのコーヒーが飲みたい┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

ただ今名刺の価格表が付いたチラシ作成中!・・・不景気風に吹き飛ばされそうな気持ちを奮い立たせて一頑張り! こんな時勢だからこそフレキシブルにと!

今日も悩ましいと思いながらも理想のイメージを頭にマウスとキーボードを叩くのでした。

(有)清山堂製印所

http://nttbj.itp.ne.jp/0337129142

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父ヒデオ④一城の主への道。親方夫妻への義理。

結婚して、暫くは共に丹野の親方の下で職人として働いていた父でした。当時は忙しく厳しい親方のせいもあって日曜以外は祭日も休みでなく、忙しい時は夜中の12時位まで働いていたとか。然しそれでも業績は上がらずに親方から工場を任せられることに! 

暖簾分けでなく経営権を譲渡されたのでした。と言っても数年間は兄弟子のSさんとの共同経営で、Sさんが亡くなるまで業界の会合等は専らそちら任せだったそうです。Sさんも私をとても可愛がってくれました。温厚な方で父も慕っていました(゚▽゚*)

親方夫妻は資産家で、後に小さいながらも賃貸マンションを建て悠々自適になりますが、それも父母達、職人の汗の結晶の上にアグラをかいた訳ですから内弟子制度とは封建的だったのだと思います。 父は親方夫妻を「オヤジ」「姐さん」と呼び、母もとても大事にしていました。

所帯を持たせてもらったと。後に父が経営者として一本になってからも丹野の親方を非常勤役員に据えて手当てを支給していた位です。働きもしない役員にもとは・・・この関係には私も???でした。 特に丹野の奥さんはガッチリした人で両親が親方から土地を買う時はかなり娘婿の入知恵もあって高くついたようです(-_-X)

子供の頃の記憶でも親方夫妻は威張っているわけでないのですが、来ると母もそれはそれは丁寧に接していました。娘は横柄なお嬢様で威張って子供心に怖かったです。養子の長男さんは結構私を可愛がってくれました。M大に進んだのですが学生運動に巻き込まれて過激派に入れられそうになり中退したそうでしたが、父が職人時代から可愛がっていた事もあり父に親しみを覚えているように見えました。

私が大学の頃心身症の状態になり電車に飛びこみ最期を遂げました・・・・。彼を横柄な姉がよく馬鹿にしている言葉を聞いていました。

[死んでしまえばいいのよ!!]とまで言っていて、血がつながらないとは言え弟を其処まで言っていたのには・・自殺の一因だとも思えて・・。

免許を取ったときに私をドライブに連れてってくれたりと随分良くしてくれたので姉から苛められてどれ程辛かったかと思うと気の毒で涙したものです(u_u。

父も母も恩人として丹野夫妻を大切にして独立後も役員として迎え、手当てと言うより上納金まで献上したのは義理硬かったんだと思います。大国様へ信心を奨められれば入信したし、何かの時は私は運転手までさせられました゚゚(´O`)°゚ 

父が亡くなってから確かに力になってくれて母も頼っていましたが、これも高くついても義理を重んじた事からでしょう。只旧い体質だけに経営指導のように言うのですが時代にマッチしていない部分も多く有難いやら困り者やら・・・・最期まで母を使用人扱いしていたのは悔しかったですが、母の恩義に感じる気持ちを察すれば傍で悲しく見ているしかなかったです。

義理堅いゆえに私も丹野一族の風下で立てなければなりませんでしたが、父が自分が今あるのはお陰様という気持ちは大嫌いな父でも大したものだと感服しています。父も母も親方夫妻に終生尽くしたのでした。

父が経営者になってからの方が待遇も、業績も良かったという当時の職人さんの声が救いです。父も苦労人で親兄弟を養っていてその上に義理堅く、丹野の親方も競輪の選手上がりの極道の紐付だったとかで言わば叩き上げ同士で通じ合ったようです。親方夫妻も私に跡継ぎに育てよと炊き付けた事はA級戦犯ですが〔笑〕

Img 丹野夫妻と両親です。義理を果たすのは大変だったようです。母も亡くなる前に話してました。

弟子から上納金とは・・・。上から目線で手だけ出す親方夫人と娘夫婦の強欲さには閉口しました。゜゜(´□`。)°゜。

2009年2月 8日 (日)

海にちなんでピーコート。

船の科学館ということで、海にちなんで今日は「ピーコート」を着て出かけました。このコートは海軍の水兵が船で見張りのときに着用した事から別名「ウオッチ・コート」とも呼ばれてダブル仕様で風向きで右、左両方に釦をとめられるつくりになっています。紺色で厚地のメルトン地なのでとても温かです。

このコート実は学生時代に購入した20数年前のアメリカのトラッドブランド〔Jプレス〕のコートです。コートの下は英国製の厚手のケーブル編のタートル・ネックセーターにバラクーダ社製のチェックのトラウザースにアメリカ・ウォークオーバー社製のスウェードのチャッカー・ブーツを併せてトラッド・テイストでまとめてみました。私は1930年代のファッションが嗜好ですがアイテムとしてはスーツはそのスタイルでも、30年代風の冬物の普段着は割と手持ちがないので、昔からのトラッド的なアイテムをきています。以外でしたか?

全てのアイテムが長年、着ているだけあって愛着も一入です。どれも普遍的なもので流行り廃りに関係なく着られるのが嬉しいですね。一度手に入れたら大切に長く着る事こそ服に対しての敬意だと私は思います。今日はいつものスーツ・ファッションとは違った普段着でした。

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船の科学館へ行って来ました。

今日は、お台場の船の科学館へ出掛けてきました。ここは何回か遊びに来てますが大人も飽きません。船や海に関する色々なコーナーがあり、とても面白いです。船のデッキ(艦橋)を模した展示室は海に向かっておりさながら本物の船に乗り操船する気分に浸れます。ラジコン船コーナーでは私自身が夢中になってしまったりと、家族で楽しく過ごせました。

子供達もラジコン船や潜水艦のジオラマでは2歳になったばかりの二男も歓声を上げて舵を切っていました。ワイフも潜望鏡で見る外の景色に夢中になったりと、其々が色んなコーナーを廻って、展望台へ、地上60メートルから東京が360度見渡せます。レインボー・ブリッジに大都会の風景の彼方に富士山が頂きを覗かせていたのが印象的でした。

一日たっぷり遊んで子供達も満足したようです。二男も2歳になり色んなものに興味を示すようになり、歓声を発しながら館内を歩き回り楽しんでいました。

家族でのお出掛けはいいものです。いつまで子供達が喜んで付いてくるやら・・そんな時間を大事にしたいものです。

展望台からの眺めと、潜水艦の操舵室のジオラマで操船する次男です。「面舵いっぱーい!ヨーソロー!」と航海士になりました。

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2009年2月 7日 (土)

「皇帝のいない八月」

この映画を観たのは高校生の頃でしたが、衝撃的でした。自衛隊がクーデター計画を立て殆どが制圧される中で一部の反乱部隊が寝台特急を乗っ取り乗客を人質に政府と対峙するのですが、すごい緊迫感ある作品だと・・。軍服姿の渡瀬恒彦さんが凛々しいのと、妻役の吉永さゆりさんの美しい事も印象的です。

よもや現実的に自衛隊がクーデター等と起きる訳ないとは言い切れるのか?最近自衛隊トップが自論を展開して更迭された一件もあり、何かと自衛隊が注目される事も。私は自衛隊のファンですが(゚ー゚; ともかくスリリングでよく出来た作品だと思います。

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週末はツィーディーなスーツで。ピンチバック(背バンド)付きジャケット

金曜日ということで少し肩の力を抜いたツィーディーなスーツを選んでみました。どちらかと言うと街のビジネスシーンよりカントリーな田園風景がマッチしそうなのですが、敢て着ています。

明るめのブラウン地に淡いブラウンのウィンドペーンが入った生地は英国ホーランド・シェリー社製のシルク混ツィードです。ポケットは全てバッチポケット(貼り付け)でピンチ・バック(背バンド)付きでスポーティーに仕立ててもらいました。 インナーには濃いブラウンのユーネックのスゥエーターを併せタッタソール・チェックのラウンドカラーシャツにチェックのウール・タイを締めて1930年代のカントリー風に装ってみました。

このスーツはジャケットとしても活用していて、ノータイでアスコットスカーフを巻き、ハンティングを被ったりとスポーティな持ち味で着こなすのも好みです。ツィーディ-なスーツで週末のビジネス。ドレスコードが緩い職種なら着られるのではと思います。

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ピンチバック(背バンド)については以下のサイトに詳しく書かれています。

http://www.the30sstyle.com/

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2009年2月 6日 (金)

二男のバスデー!2歳になりました!

我が家の二男が2歳の誕生日を迎え家族でお祝いをしました。子供の成長は早いです。生まれた時は「過呼吸症」でNICUに4日間入り、ハラハラしましたがアレから2年順調に発育して、最近は自己主張も強くなり、自分でズボンも履けるまでになり、嬉しいです。

バースデーは好物のチャーハンを作ってもらい、ご機嫌で上手にスプーンを使ってたくさん食べていました。夕食後はロールケーキでささやかなお祝い会です。 姉達のバースデーソングを手を叩いて喜び、2人からのプレゼントは図工室で手作りの飛行機と車をもらい大喜びでした。パパからはミニカー、ママからは動物クッキーでこちらも大好評です。 お姉ちゃんから手紙の朗読は私が弟思いの優しさに込み上げてしまったり・・・。オカリナの演奏にポニョの唄のプレゼントと姉二人は至れり尽くせりで、盛んに喜びの歓声を上げていました。

思えば長男の急逝から二年後に奇しくも同じ2月に生まれて、悲しみに沈みがちの我が家に再び喜びをもたらしてくれたのは、泣き顔の私達夫婦をみかねた長男が授けてくれたような気がします。 面立ちもそっくりでさすが兄弟ですね。テーブルの上の長男の遺影をニコニコ見る二男・・。守ってくれてありがとうとも話しているようにも見えました。

時々思うのですが二男が私の年齢になる頃には私はこの世にいる可能性は平均余命からしても極めて少ない訳で・・寂しい話ですが現実としてしっかり自立できるように育てていかねばと・・年取ってからの子は可愛く甘やかしてしまいがちですが、そこは父親として戒めていきたいと思うのです。今までは膝に抱いての上げ膳据え膳の世話で楽しみでしたが、極力自分でさせることにしました。 しっかりと自分の考えで行動して、自分の足で歩けるようにする事が亡くなった長男への供養でもあり、親としての責務と自分に言い聞かせて。

いつまで一緒にいられるかは判りませんが、上の子と末っ子では時間に限りがあります。

「お前といる時間を大事にパパは生きているよ。生きている間にパパの出来る事はしたいから・・。誕生日おめでとう!」 語りかけたのでした。

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2009年2月 5日 (木)

人と接するとは己を省みる事。

昨夜は京楽師匠の環境落語部会が赤坂にて行われました。毎年夏に行われている「赤坂環境落語会」の打ち合わせも兼ねての集まりでした。

初めてお会いする方々もいて、緊張しましたが名刺交換させていただきました。この日集まられた方は、師匠の環境落語を後援する、振興組合の重職をお努めの役員さん、環境ビジネスを展開されている私と同世代の経営者の方やライターの方に出版関係にお勤めの方でしたが、感じたのが「静かなる気迫」を皆さん持っていると言う事でした。

みなさんシッカリと自分を持っていて、意見を話せて自分の役割を理解されたうえで相互関係が構築されているのは初参加の私にも感じ取れます。毎月お会いする創作落語部会の方もいらして安心しましたが、シナリオライターのI氏はプロとしての目で分析、意見を述べていて見事でした。 私?緊張もしていてか専ら聞き役で貝になっていました( ̄Д ̄;;

私はイベントに華を添える子供の踊り手集めに協力する事に・・・集まることやら娘にも話してみるのですがシャイな子達なので何とも・・・。

会がはねてから師匠も交えて懇親会にも伺い、そこでも同じ方向に向かって進む艦隊のようにザックバランに話す中にも指針がハッキリしているんですね。貝になって固まっている私にも気を遣って下さり色々と説明していただき感謝です。酒も入って雑談に加えていただき子供の頃読んだ漫画の話に花が咲いたりと夜更けまで愉快な一時を過ごさせて戴きました。

いい刺激をもらった一夜でした。私は人見知りする癖に人恋しいという特異な性質。思ったのですが億劫がらず人と接する事は大事だと・・。特に同世代の自分で創業した若き経営者の方達の「静かなる気迫」は二代目の私にないものでした。親友の社会保険労務士として活躍する森君が持っているのと一緒! やはり「自分で道筋を伸ばすんだ!」漲るパワーがあるんですよね。諦めずに粘り強くトライして司法書士に合格された出版関係の方も口数は少なくとも内に秘めたパワーが感じられ、和気藹々の中にも切磋琢磨している繋がりがあるのだと。

人と出会い、接する事で自分を省みるいい機会でした。これからも機会があれば末席に加えていただければと思います。皆さん有難うございました。

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2009年2月 4日 (水)

節分の豆まき。

我が家では毎年、節分は家族で豆まきをして、家族の健康と幸せを祈ります。今年も例年の如く私が鬼となって玄関から入って来たところを子供達の「鬼は外~。」の声と豆をぶつけられて退散するのですが、去年はキョトンとしていた2歳になる二男も大喜びで歓声を上げていました。

私が子供の頃は父が大声で豆をまき、外にも豪快にまくので恥ずかしいやらで・・・。鬼の役目が済めば子供達と外にもまきますが・・形だけでまく豆はちょっとだけです。 外を歩いている人に当たれば「俺は鬼か゚゚(´O`)°゚」とガッカリして失礼ですから〔笑〕 そして家の中には掃除が大変なのでまくマネをして皆で「福は内」と連呼しました。

今年は長女が年女なので、厄を祓って福を呼び込み家族全員が良い一年を過ごせるようにと願いを込めた豆まきでした。 行事が済み豆を食べる時に長女が「歳の数に一つ加えただけ食べると良いんだよ」言うので「そんなに食べたらパパ腹壊すよ」と応えると大笑いに。意味を知ってか知らずか二男までも笑いの輪に加わっています。 しかし豆の数に歳を感じるとは(ノ_≦。) 何はともあれ和やかに節分を過ごせたのは感謝です。

今日は立春。暦の上では春! 未だ寒いですが本当の春はもうすぐです。梅の便りもニュースや新聞で目にすると思います。100年に一度の大不況ですが、こちらの方こそ一日も早い春の陽光が待ちわびます。

どんな時代であれ、子供達には健康で明るく過ごして欲しいと感じる立春の朝でした。

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2009年2月 3日 (火)

回転日付印のお話

今日は節分です。そして明日は立春。春が待ちわびる今日この頃です。

年明けより、お客様からオーダーで回転日付印の帯が2008年で終わったから2009年以降の帯の物を受注させていただく事が良くあります。 皆さんも仕事で日付印を使う時にそんな事はありませんか?

回転日付印の帯は大概5年範囲で着けられていて丁度その周期のようです。年の帯は月、日と違い一年に一度回すので帯が終わった事に気が付かないようです。2009と印字するなら困ってしまいますよね。今多いのが略西暦と元号と両方使えるタイプです。 これなら09でも21でも双方に使いまわせるので需要は高くなっています。

回転日付印も受付印として使われるゴム印の窓に日付があるデーター印やら日付のみ印字する物と色々とタイプがありますが便利なツールとしてお使いいただければ嬉しいです。

  今お使いのゴム印、印章類でお困りやお尋ねはご遠慮なくお尋ねください。

   (有)清山堂製印所

   http://nttbj.itp.ne.jp/0337129142

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2009年2月 2日 (月)

ネイビー・ブルー・ダブルブレステッド。週明けのパワースーツ。

先週末は体調を崩して散々だっただけに今週は気を引き締めてスタートしたいとの思いから選んだのがネイビー・ブルーのダブルのスーツです。

ネイビー・ブルー〔紺色〕というとスーツの基本ともいえる色です。オーソドックスなシングル二つ釦なら就職活動からビジネスにセミ・フォールなスタイルにもシャツとネクタイでとてもドレッシーに装えて用途は色々と活用できて、誰でも一着はお持ちの事と思います。

くどいようですが1930年代のスタイルが嗜好の私はダブルブレスレットで仕立てました。 ダブルといっても今回は「ロング・ターン」スタイルと言って釦の一番下のみ留めて着るタイプです。 大分以前にバブル期に流行ったソフトスーツのダブル・ブレストもダブルのロングターンでしたが、それとは違う古くからあるタイプです。お洒落王たる元英国国王ウィンザー公の弟君、ケント公爵も好んで着られたとか。

私もそれに倣って仕立ててもらいました。紺地に赤の細いストライプの英国はホーランドシェリー社の生地のスーツに〔この生地、本当に丈夫です。〕シャツはブルーのストライプ地に白い襟のクレリックシャツに赤ベースのビンテージ風のペーズリー柄を併せて元気を出すようにメリハリある色併せにしました。

アメリカではネイビーのスーツに赤いネクタイは〔パワー・ドレッシング〕とも呼ばれて歴代大統領も好んで装っています。力が漲って頼もしく見えるようにとか。私は普段余り明るい赤系のネクタイをすることは少ないのですが、体調の悪さを服でカバーしようとした訳でもないですが週の初めの着こなしとして選んでみました。

 以下のサイトは1930年代の装いから、アクセサリーに至るまで画像や貴重な当時のイラストで解説されており、音楽、映画、書籍に美術館に至るまで関連するものがリンクされていて楽しめます。服に興味のある方も、旧い映画に興味がある方にもお勧めです。

                                   Img_1069 http://www.the30sstyle.com/      The30sstylebanner0702

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