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天使になった実君。

  • 弟とおどけて・・。
    長男、実は2005年2月10日に生まれて、8月21日に突然に世を去りました・・。 何もできないパパでしたが愛と笑顔をふりまいてくれました。 感謝を込めて綴りたいと思います。

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2009年8月10日 (月)

長崎原爆忌・・・父に思う日本という国の大罪。

昨日は長崎の原爆忌でしたね。

この時期になると先の大戦についての番組が組まれたり何かと戦争について考えさせられる時でもあります。

原爆投下についてはこれ程非人道的な事はなく、落とした米国には憤りも感じますが、戦争の原因は紛れもなく国際世論に反して世界を敵に回した愚かな当時の日本の指導者のせいで多くの国民が犠牲になったのだと言われています。

私の父もそんな国家の犠牲者であるといえます。

日中戦争を起こし、[満州国]を隷属国家として建国してその地に大勢の開拓移民を送り込み、その若き一員として父は[少年義勇軍]として海を渡った事は以前書きました。

父達は純粋な少年の大陸での夢を日本という生まれた国に利用されて、大切な少年期を戦争に巻き込まれてしまったと思います。 国家による大罪として腹立たしい限りです。

ソ連の参戦と敗戦で筆舌尽くしかたい苦難を強いられ身一つで引き揚げてからも軍属でないという事でキチンとした保障も受けられずに一生を終えた父は気の毒でした。

父の生前に満州国を創るのに加担した一人が戦後、大手企業で要職に就き社会的地位も手にしたと聞き[犯罪者が何故?]と憤慨して父に尋ねると暫く沈黙の後で・・。

[そうか・・・犯罪者と言うとキツイけどその人個人でやったんでなく国としてやったからな。]

そう言ってビールを一気に飲み干したのでした。

父は自分の歩んだ運命を必死に受け入れようとしているようにも思えたものです。

でも私は日本の国を許せませんでした・・・国際世論に反して戦争の道を歩まなければ東京大空襲も沖縄戦も原爆投下も起きなかったのだと・・所詮タラレバだとしても思います。

近年の拉致事件の被害者も日本の戦争を起こした事への報復に巻き込まれた犠牲者でもあるのではとも。

私は思想的な事で言うのでなく、父の歩まされた戦中、戦後の苦難を聞きこの時代に生まれた人すべて日本の悪政の犠牲者だと思いキチンと謝罪、保障すべきと思いました。

[お前らの世代にはもうあんな思いはさせたくはないな・・。]父は言いました。

そして[国が誤った道を進んでるとは思わなかった・・まぁ全て結果論だよ。]と・・。

自分を苦しめたのは国でなく歴史の運命だと言いたかったのか?

日本を非難せずに死んでいったわけですが、息子として私はこの大きな犠牲の上に今の平和と繁栄があるのだと思いました。

その繁栄も虚像でしかなくなり、戦後自分達が必死に働いて築いたものが崩れ去っていくのをどんな思いで[お国の為]と身を粉にした父は天上から見ているのかとも・・・。

繁栄は兎も角平和は子どもたちの為にも維持しないとと思います。

父が満州に渡るときの壮行会の写真です。父は笑ってますが先生らしき人と友人の送る側の表情は悲壮感さえ覚えます。

この一枚にも純真な少年の青春期を奪った運命の過酷さが滲み出ています。

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