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天使になった実君。

  • 弟とおどけて・・。
    長男、実は2005年2月10日に生まれて、8月21日に突然に世を去りました・・。 何もできないパパでしたが愛と笑顔をふりまいてくれました。 感謝を込めて綴りたいと思います。

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2009年11月

2009年11月30日 (月)

内藤VS亀田のタイトルマッチに思う・・。

昨日は内藤VS亀田の世界タイトル戦をテレビで観戦しました。

ご存知のように亀田選手が内藤チャンプの王位を奪取して新チャンピオンに・・。

試合内容もさることながら内藤チャンプあれだけ顔面を腫らしながら若いチャレンジャーを相手にフルラウンド戦い抜いたと・・。

印象的なのはフラッシュを浴びて勝利に酔う亀田兄弟とは対照的に四方の観客に律儀に頭を下げ亀田選手にも深々とお辞儀して敬意を表す姿に人柄が表わされているように思いました。

苛められっ子が強くなりたくてボクシングを始めたそうですが私もいじめられっ子だっただけに気持は分ります。

イジメの辛さ悲しさを嫌というほど味わっただけに拳が磨かれ強くなる程に拳だけでなく人としての強さと優しさも育んだようにも見えました。私は力どころか人柄もそうはなれなかっただけに敬服です。

会見でもファンへの謝罪と自分に対しては終始厳しく言い訳の一つも発しなかったとか・・。

王座に就いた亀田選手も今回は内藤選手への謝辞も忘れなかったようで成長したとしたら嬉しいです。ある意味で亀田兄弟にとって内藤選手はファイターとして以上に人として教わる事も多いと・・。かく言う私も真摯な人柄から教わった思いです。

何よりも[実るほど頭を垂れる稲穂]の姿勢は素晴らしいと思いました。

亀田新チャンプにも拳だけでなく人としても研磨していいチャンピオンになってくれればと期待したいです。

内藤選手は今後の去就について言われているようですが今は疲れと傷を癒して養生してほしいと・・内藤選手こそ真のチャンピオンだと私は思っています(゚ー゚)

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2009年11月29日 (日)

ワイフの父母の来訪に子供達大喜び。

昨日ははワイフの父母が来訪されて子供達は久しぶりの再会に大喜びです。

義父母も子供達の成長に目を細めて、二歳の次男の成長ぶりには驚いていました(*^-^)

二男も人懐こい笑顔で祖父母に膝の上で本を読んでもらったり玩具であそんでもらったりと楽しそうでした(ノ∀`)・゚・。 アヒャヒャヒャヒャ

美味しい御寿司やお萩をお土産に戴き楽しい昼食・・喜んで戴く子供達。楽しい時間は瞬く間に過ぎ帰りは駅まで二男は義父と手を繋ぎワイフは義母と親子の会話をしながら・・。

前回もそうでしたが二女が改札で寂しくて泣きだして祖父母に慰められワイフも目を潤ませて・・・帰路も暫くしゃくり上げる二女に私も寂しさが込み上げてきました(;ω;)

結婚が決まって温かく迎え入れていただき、母が亡くなってから色々と気にかけて下さり感謝しているだけにこれからもお元気でいて欲しいと願うのでした。

帰りは二男が眠そうなので抱っこするとスグに寝てしまいズッシリと重く家路に着いたら疲れる位で今日は腰が痛く歳を感じてショックです(。>0<。)

今日は長女が友達と出掛けてワイフと二男と二女と近くを散策しました。晩秋から初冬へお不動様の境内の木々も色づきちょっとした紅葉狩りになりました。

本堂でのお参りの後、早世した子供の霊を祀る精霊堂でお地蔵さまに長男の冥福を祈りました。月日がたっても悲しみは変わらないものです。

御団子やさんで串団子を買って家で味わいノンビリと過ごしました。昨日とは違い何か寂しくも思え、子供達に祖父母と触れ合う機会が少しでも多ければと思い、今の時期に母が入院した事など冷たい風に思いを馳せ仕方ない事ながらも長生きしてほしかったと・・。

もう師走・・・義父母も元気で良い年越しを迎えていただき又、笑顔で会いたいと思った週末でした。

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2009年11月27日 (金)

事業仕分け・・。

今日は行きつけの床屋さんへ年賀状のチラシを置いて貰いに行った時に[事業仕訳]にロック歌手の内田裕也さんが傍聴に来ていた映像がテレビに映し出されていました。

[議員の給料を下げろ]とかインタビューで言ってたとか・・。

確かに無駄な事業等をあぶりだす理念は良いと思いますが、仕分け人の態度が言われているように天下をとった如く増長している感じはしています。

やたら顔の面積が広く象が鼻を団子鼻にしたみたいな風貌の民主党の元政調会長E議員や元グラドルのR議員等は一方的な話しっぷりがどうも・・・。役人に負けてたまるかとばかりに実績をアピールして内閣改造時に閣僚ポストでも狙っているのかと・・。

昨日は自衛隊の制服を安い価格の海外に委託すべきではとナンセンスな意見に与党内でも呆れかえられたとか・・。

そもそも政府機関の需給品を外国に発注する等、戦闘機等など国産で補えないならまだしも自衛隊の制服に限らず、国の機関の備品調達は全て国内で調達すべきで議員が国内産業の空洞化を奨励するような言葉は聞き捨てならないと(`ε´)

だったら内田さんの言うように閣僚及び議員の給与や賞与を切り下げるべきだと。

民間企業では業績が下がれば経営者・役員は当然の如く身を削り挙句は社員の賃下げに至っているのだから閣僚・議員たる者は国家財政がひっ迫している時に率先して身を削るべきだと思うのですが。

自分達の権益はアンタッチャブルでは仕分けも陳腐なパフォーマンスに思えます。

一層、商店主やサラリーマンに主婦といった一般市民を仕分け人にして議員の無駄を問い正してはとも思いました。

まぁそうなれば仕分けというより仕置きといった判定になるのだと思いますがψ(`∇´)ψ

マニフェストを履行するために財源確保に躍起になってのダルマ落とし以上に景気悪化による国民生活の困窮を回避する為の早急な施策が第一と思うのは私だけでしょうか。

官僚だけヒールに仕立ててやり玉に挙げず政治家こそが率先して身を削って国家に尽くすべきと・・・政治家は奉仕者であって権力と名誉職に甘んじないで欲しいものです。

News54498_pho01_2 この方は長女の一か月検診でこの方も御子さんを連れてきていて知らずにワイフに付き添った母が話しかけてたら愛想がとても良かったと・・昔の話ですが。

偉くなったものです・・。

夏前に某大型スーパー内の手頃価格の回転すし店でサングラス姿でご家族でいらしていてお会いしました。庶民的な面もあるのだと・・。

2009年11月26日 (木)

靴の修理。

一昨日、修理をお願いしていた靴が蘇って戻ってきました。

14年程履いている黒のストレートチップの踵がすり減ったので修理を依頼したのですがとてもきれいに仕上げてくれましたヽ(´▽`)/

仕上げてくれたのは昨年に近くに開店したシューズリペアのお店で某有名リペアショップで修行して独立した若くて美しいリペアラー(修理職人さん)の方です。

幾度か修理をお願いしているのですが見事に蘇らせてくれていい腕していると思います。

愛着ある靴は長く履き続けるのが靴への礼儀でエコにも繋がると・・・。

服も靴も直せば蘇るので安易に買い替えないで使うべきだと・・・まぁ私の場合子育て世代で安易に買えない事情もあるのですが・・・(^-^;

モノを大切にするのもケチでなく立派なお洒落だと私は思います。

それにしても近くにこうした良い腕したリペアショップが出来て良かったです。

Img_1457 今回修理してもらった一足です。

1950年代のアメリカ靴の復刻盤で今は売ってない14年程愛用の貴重な一足です。

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踵全体を修理しました見事に蘇りました(o^-^o)

2009年11月25日 (水)

千代大海関の大関陥落・・。

大相撲九州場所は両横綱が全勝街道を進み相星決戦かといった感じですが、私は何時も大関の千代大海関と魁皇関を応援しています。

昨日も千代大海関が大関陥落が決定した取り組みを夜のニュースで観て、終わった取り組みと知りながらも横綱を土俵際まで押した時は思わず応援してしまいました。

今朝の新聞も復活は難しいと・・。年齢的にも大変だとは思いますがそれ以上に何度もカド番になりながらも長きにわたり大関の地位を守ったと思いました。

大関となるのも大変なのに史上最長の在位は見事だと・・・引退しても充分なのに来場所に賭けるという覇気に敬服です。

以前から覇気に溢れる力士だとカド番を脱するごとに感じていただけにそう思いました。

覇気とは自分に対してで勝負の世界に留まらず仕事に対しても大切な事だと思いながらも人は弱い者で挫けたり自棄になったりと私自身繰り返しだっただけに痛切に感じます。

歳を重ねれば体力も衰えてくるのは仕方ないにしても気力が萎えるのはもっと怖いものだと実感しているだけに、千代大海関の現役続行は見事だと思ったのでした。

[晩節を汚した]などと酷評もあるようですが来場所も全盛期のようにいかずとも気迫溢れるもろ手突きのプチかましで頑張って欲しいと思います。

然し、次世代の大関・横綱候補に目される力士が早く育ってくれればと・・。

そうした中で千代大海関にしても魁皇関にしても怪我や故障に負けずカド番の危機を幾度も見事に乗り越えて優勝戦線に加わる事はなくなっても長く大関として頑張って相撲界を支えている事に相撲ファンとして敬意を表したいと思いました。

覇気があるからこその偉業だと・・・励まされる思いです。

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2009年11月24日 (火)

二男を抱っこして・・。

昨日、にんじん祭りで輪投げの後で二男が両手を伸ばして抱っこをせがみ家まで抱っこして帰ったのでしたが2才10ヵ月近くになり随分と重くなり成長したものだと(゚m゚*)

先日もインフルエンザで発熱した二女を病院に連れて行った時に抱っこしたのでしたが、守りたい気持ちからか命の重みが8歳という年齢以上に重いと思ったのでした・・。

二女は一番甘えたい時期にワイフが長男を妊娠・出産したので専ら私が抱っこしていてパパっ子なので小学生になる直前までせがまれて抱っこしていたのも思い出しました。

長女は最初の子とあってワイフと取り合いだっただったような(笑)

12歳となり流石に抱っこはしませんが今年の早春に発熱してグッタリした時におぶって医院に行った事も・・。この時もこじらせない様にと思いの方で重く感じたと。

惜しむべきは亡き長男で6ヶ月で早世したのでゆっくり甘えさせてあげられずにとの思いが常にあり・・只申し訳なく思い抱っこすると嬉しそうな笑顔と声が思い出されます(;ω;)

二女も手を繋ぐと嬉しそうに笑顔を向けてくれて・・・流石に長女はもう手は繋がないものの人混みでピタリと寄り添ってきたりと・・。

私も幼い頃に抱っこされた記憶は薄れていても、両親と手を繋いで歩いた時の手の大きさと温かさに安心した記憶は微かながらも残っています。

親となって愛情を注ぐつもりが逆に子に注がれて育てている筈が育てられてるように思い抱っこした次男に頬をくっつけられて色々と考えたのでした。

頼り切ってくれているの子供達に対して大した親ではないにしろ少しでも好きな道に進めるよう後押ししたいと・・。長男とはあちらに帰ってから待たせた分存分に抱っこして甘えさせてあげたいと・・。

二男抱っこして温もりに思うのでした。

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ニギリ台のグリップの打ち込み作業。

作業のお話です・・。

ニギリ台木に小豆色のグリップを打ちこむ仕事は結構神経を使います。

グリップの窪みを台のラインに水平に立てて一気にハンマーで打ちこむのですが、手元が狂うとグリップが横を向き斜めの状態で打ちこんでしまい品物になりません・・。

滑って指を叩いて怪我する事も゚゚(´O`)°゚結構痛いです・・。

職人仕事は単純な作業に見えるものでも緻密で経験とカンを磨いてこそ技術に・・。

物作りは単に仕入れて儲けるだけの商いと違い工の匠であり誇り高い職業であると自負しています。

(有)清山堂製印所

http://nttbj.itp.ne.jp/0337129142

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2009年11月23日 (月)

靴磨き・・。

今日は夕方から靴磨きをしました。

どれも大切な一足で古い物はソールやヒールに内張りも修理して長く履いている靴も・・。

靴磨きをしていると気持が落ち着いてくる事も・・。靴の汚れが落ちてクリームを塗り綺麗にブラシで磨きあげて艶が蘇ると自分もリフレッシュされたように思うのです。

故橋本首相も靴磨きを自分でして気持ちを落ち着けていたとか・・・。

判るような気がします。足元を見られぬように気を配っていたのだと。

明日から艶がでた靴を履いてしっかり歩いていきたいです。

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にんじん祭りとガーデンプレス。

今日は多少温かくなって、体調も少しいいので家族で地元の[にんじん祭り]へ午前中は行ってきました。

ご当地は昭和初期まで競馬場があって元競馬場というバス停に名残を留めて競馬馬のレリーフと碑が示されていて、商店街が今の時期に模擬店を出したりお祭りにしています。

馬のレリーフに人参が供えられて飾られ、其処を中心とした通りの一角は大賑わいでした。

チビたちは早速に輪投げをして見事おかしをゲットして大喜びでした(v^ー゜)ヤッタネ!!

昼食後に[電車が見たい!!]との二男のリクエストに応えてガーテーンプレスへ・・・。希望通りに鉄橋の上から走る電車を観てはニコニコと。

そして御散歩してからタワーの39階の展望窓よりプラレールのように走る電車を見降ろして大喜びでした(ノ∀`)・゚・。 アヒャヒャヒャヒャ

下に降りてから公園で滑り台やブランコで楽しく遊んで休日を楽しんでました。

子供の笑顔はやはり癒してくれます・・。

相次いで子供達もインフルエンザに掛かり静養に務めていたので治ってから暫くぶりに一緒に遊んだので良かったと・・。

私の咳と気だるさはここ暫く風邪が治ってから続いていて、気鬱になったりしただけにハシャグ子供達に目を細めながら[いつまで一緒にいられるのか・・。]とフッと考えたりも・・。

それをフッ切ってくれるようにオヤツを嬉しそうにほおばる姿に[まだまだ老けられない!!]と思い返したりと・・。寒空の下でも明るく遊ぶ子供達に励まされた気がしました(゚ー゚)

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2009年11月21日 (土)

長女のお友達のがお泊りに。

今日は長女の大の仲良しのお友達がお泊りに来ました。

二人とも毎日のように遊んだり宿題をやったり塾も一緒の仲良しです。

そんな様子を見ていて私のイジメに遭った暗い小学校時代から思うと本当に楽しく学校生活を送っている事が親としてとても嬉しく思えます(゚m゚*)

お互いを理解して楽しく過ごせる仲良しがいる事で学校生活も一段と楽しくなるのですから長女の明るい様子に安心です。

妹も交えてゲームに講じたりと昨日からとても楽しみにしていただけに二人とも楽しげな姿に親ぺったりでなく、これからも人との繋がりを大事にしてほしいと思うのでした。

然し、男親は寂しいもので・・・居場所がないというか年頃になってきた娘さんですから、友達の父親とはいえ他所のオヤジが近くをウロチョロされても落ち着かないでしょうし、気を遣わせないようにしないと・・。

それでも楽しく夕食も共にして、二女も二男も楽しそうなのが何よりです。飾らずに在りのままの我が家で迎えることしかできませんがそれが一番だと。

今夜は子供部屋は寝付けずにオシャベリの花が咲くのでしょう(o^-^o)

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2009年11月20日 (金)

チタン印鑑・・・金属の現代的な印鑑。

今日はチタンの印鑑をご紹介します。

印鑑の材料というと、柘植に牛の角に象牙が伝統的な印材なのですが此処10年位のうちに出てきた印鑑の素材としてチタンがあります。

そうメガネのフレームに使われたりする金属です。

金属ですから耐久性があり落としても欠けたりしない事と、チタンは坊錆性に優れているという点で印材として採用されたのですが金属独特の光沢感とズッシリとした重みがあります。

以前はシルバーのみでしたが昨今はピンクやライトブルー他のカラーバリエーションも増えて単に金属その物といった感覚から変わってきてはいます。

重さも以前に比べて軽量になりっているようです。

私は古いタイプなのか未だに馴染めない部分がありますが、現代的な新しい金属素材の印鑑として徐々にシェアも獲得しているようです。

伝統の天然素材を選ぶか、目新しく近未来的な金属の印鑑を選ぶか・・それこそお好みだと思いますが自然保護、エコの時代にあるマッチしているかもしれません。

今日はそんな近代的な素材の印鑑のお話でした。

  (有)清山堂製印所 http://nttbj.itp.ne.jp/0337129142

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2009年11月19日 (木)

亡き母を思う・・。

季節っていうのは昔の記憶を蘇らせてくれるもので、今の時期は決まって母と過ごした最後の冬が嫌でも思い起こされてしまいます。

早いものでもう10年・・・丁度今の時期に検診で末期の癌と診断され暫くして入院・・・・。

自分の命が幾ばくもない事を悟り、慄く訳でもなく従容として私とワイフを励まし礼まで言って正月明けに旅立った母・・。

今思うと、母の末期癌の告知を頭が真っ白になりながらも努めて冷静に受け止め旅立つまでの二か月を覚悟を決めながらも、奇跡を祈りつつ過ごした日々でした。

入院する直前の週末、入院支度の買い物の後ドライブしたいと言う母の希望で紅葉の神宮外苑の銀杏並木を通ってから、見たいというので皇居の御堀端から銀座・日本橋界隈をドライブしたのも思い起こされて・・・・長女の隣で風景を声を掛けながら眺めていました・・。

思えば私が子供の頃から家族で出掛けた場所で、そんな思い出を浮かべていたのかと・・。

元父の死後はバブルの崩壊などで世情厳しい中で苦労して、私が家庭を持ち長女に恵まれた三年足らずが初孫の誕生を喜びとても可愛がり嬉しそうな笑顔を見せてくれたと・・。

苦労しっ放しの母で子として与えられてばかりで恩返しもできないままだった事は子としての力不足が不甲斐なく申し訳なく悔やむばかりでも孫と過ごした歳月は短くとも母には穏やかで温かな日々だったと只一つの救いでもあります。

入院して病院のスタッフの方へワイフを嫁でなく娘と言っていて私が婿だと思われていた事もワイフに対して自分の娘として心寄せていたと証で母も幸せだったのだと。

当時二歳だった初孫の長女も来年は中学生・・幼かっただけに祖母である母の記憶はオボロ気なのは仕方ないとしても注がれた母の愛情は長女の中にこれからも息づいていると信じてやみません・・。

[孫も抱かせてもらえて、一緒に暮らして旅行も連れてってくれて孝行してくれたよ・・。]

入院前に掛けてくれた母の言葉が蘇り、胸が詰まる初冬の宵です(ノ_-。)

何も出来ずに親不孝ばかりで御免なさい・・そして育ててくれてありがとう。と・・。

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ゴム印の歴史・・。

今日はゴム印の歴史について・・。

ゴム印は鋳造ゴム印と言い、遡ること明治18年にイギリスのリッチホード氏という人物が制作を始めて、前後してアメリカでも鋳造ゴム印が制作されました。

日本では明治20年に横浜に於いてアメリカ人の歯科医が石膏型でゴム印を製造。

翌21年頃、東京では大貫某という方が大阪では増本定三郎という方が鋳造用ラバー(ゴム)を初輸入。

明治32年頃、回転判の製造。継ぎ目は絹糸で縫い合わせて作られたそうです。

明治44年に神戸ダンロップ社が初めて国産ラバーを製造、大正3年以降ハナラキラバー、角ラバーが製造出荷されるようになった。

                                  業界の組織委員会調査から・・。

以外にも日本ではアメリカ人の歯医者さんが始めたのでした・・。私の子供の頃は確かに流しゴムとか言って活字で文字を組んで石膏を流しこんで固めて型を取り、其処へラバーを焼きつけてゴム印にしてたのが思い出されます。

ゴムが焼けて割った石膏で地面に絵を描いたりしたものです(゚ー゚)

それが活字を組む活版から写真植字機(写植)で版下を組むようになり、樹脂版にフイルムにあて露光して文字を焼きつけてお湯で樹脂を洗い流し出来た型に石膏に代わってPCボードと呼ばれる専用版にゴムをプレスして焼きつけるようになり今に至ってます。

写植製版からパソコンに版下作製も代わり、データーをレーザーでゴム面を彫って印面を直接作るまでに進化をしています。

時代とともに製造方法は変わりましたが今でもゴム印を作る工場を鋳造屋さん、あるいは流しゴム屋さんなど呼ばれる方もいるのは昔の名残なのでしょう。

機械化されたと言っても露光・洗い出す時間、型、ゴムの焼きつけは経験を積み重ねて研磨された職人の仕事でラバーの状態やら色々と気を配ってこそ高品質のゴム印となるのです。

地味な目立たないささやかな産業でデジタル社会で需要も激減して後継者不足もあり斜陽化しているのも事実ですが先人の汗と努力で培われてきた鋳造ゴム印・・・。

そのゴム印でご飯を食べさせていただきここまで育てられた私として・・世の移ろいと呑みこんでもその歴史に触れて再び世に認められればと寂しくも思うのでした。

 (有)清山堂製印所

 http://nttbj.itp.ne.jp/0337129142

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2009年11月18日 (水)

Tちゃんとの突然の再会。

今日の夕方店のチャイムが鳴り、出てみると懐かしい顔が・・・。

おじさんになってはいたものの昔取引のあった○●印刷の息子さんでTちゃんでした・・。

屈託のない笑顔で[あっアキちゃん!!]と・・。坊主頭も変わっていなくて昔のまんま・・。

Tちゃんは昔、元父が元気だったころ取引があった印刷屋さんの息子さんで私より7年程下で知的障害を持っていて自分の父親の処で手伝いをしていた関係で、品物を引き取りに来たりして私をアキちゃんと呼び、私も両親もTちゃんと呼び親しくしていたのでした。

ところが彼のお父さんの店が突然立ち行かなくなり・・その後は音信不通となったのでした。

私は彼を中に招き入れると当時と変わりように驚いた様子でした。彼は昔の事を良く覚えていて懐かしそうに話して私も当時を思い起こして話に耳を傾けました・・。

今は施設で暮らしながら作業所で仕事しているそうで楽しいと笑顔で現況も・・・お父さんは亡くなり御母さんは結婚して子供も生まれた彼のお兄さんと暮らしている事も知りました。

[おじさん、おばさんは?]私の両親の事を尋ねられ既に亡くなった事を伝えると笑顔が消え、手で顔を覆って泣くので[もう大人なんだから泣くなって・・。]そう言いながらも私も涙声になってしまいながらも音信が絶たれて両親揃って彼の事を案じていた事も思い出したり・・。[素直な子だ]同情とかでなく両親も彼をそう称えていたもので私もそう思ってました。

[アキちゃん可哀そうだね]目に泪をためて慰められてしまい言葉もなく・・私は泣き顔をハンカチで拭い近所も変わったので場所がわかったのかと尋ねるとバス停からスグ判ったとの事でした・・。

来た訳は先日、施設の紅葉狩りハイキングでバスで近くを通り、偶然に私を見掛けてバスから手を振ったがバスは通り過ぎてしまい・・会いたくなり来てくれたそうでした。

変わらない澄んだ瞳で[アキちゃんとおじさん・おばさん優しくしてくれたから・・。]と・・。

30分程して彼は時間を気にしてウエストポーチから写真入りの証明書を出して此処に帰ると教えてくれました隣接区の某所でした・。℡した方が良いと言うと[電話借りますごめんなさい]と断り私に番地を訊きながら施設の方と話して終えて・・・[御飯の時間だから帰るね]と寂しげに立ち上がり[コーヒーにクッキー美味しかった]と昔と同じ笑顔で・・。

車で送るというと[自分で帰れます・・色々と歩いてるから]笑顔で・・。

バス停まで送ると[可愛い子がいて良かったね]途中で会った長女の事を褒めてくれて。

[また会おうね]バスに乗るとき私の掛けた言葉に笑って頷きバスからずっと子供みたいに手を振ってくれて・・・。もう私は胸がいっぱいになり帰ってから工場の隅で泣きました・・。

一生懸命に生きているTちゃん・・それに引き換え私は・・そんな思いにかられて・・。

よく覚えていて其れこそ20年ぶり位に会いに来てくれたと。

[可哀そうだね・・][優しくしてしてくれた・・。]彼の掛けてくれた言葉・・。本当に優しい気持ちを持ってるのはTちゃんの方だと思います。

私は甘えたりひねくれたりで恥ずかしいと・・・Tちゃんとの再会に自分を省みて彼がこれからも元気で楽しく過ごしてほしいと願ったのでした。

また会いに来てほしいと・・。

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2009年11月17日 (火)

酒・・。

ここ暫く体調が良くないせいか酒をのんでいません・・。

でも今夜は少し飲みたくなったりして・・。

元々イケる口ではないのですが気分や雰囲気で飲む質だと思います。

家で飲むのはビールか日本酒が多く・・外でも同じかな。

若い時は学生時代の仲間と銀座にあったバーでボトルを入れて生演奏を聴きながらバニーちゃんのサーブでバーボンなんて格好つけた時もあったけどその店も閉店してしまい懐かしく思い出されます。

婚約時代にワイフを連れてって[鼻の下伸ばし何よ!!]と怒りを買った事も・・。

一人で飲む店もありました・・・独身の時分にママの話と手料理に癒されたり・・・もうその店もなく、業界や落語界の方や友人とたまに居酒屋で飲むくらいになって久しいです。

最近はシンミリと一人で腰を据えて飲む事も多いような・・。量は飲まずとも夕飯の残りで軽く飲みながら色々と思いを巡らしたりと暗い酒といえばそうなのですがそれはそれで良いものだと思えるようにもなりました。

ワイフが心配して[この位にしておいて・・。]とボトルを下げられたら看板・・。ワイフは長男を亡くしてからピタリと飲まなくなり・・私が飲みすぎるのも忌み嫌い・・訳は彼が亡くなる前夜に業界の会合で遅くまで飲んでた事もある為でなのです・・。

家で飲む時の流儀が一つ・・・・酒のみだった元父へ最初の一杯は供えるのと最後の一杯は果たせなかった長男と将来一杯呑む楽しみを・・あの世で再会して長男を膝に抱いて飲むために取っておく事・・・お袋の手料理で彼をあやしながらの為に。

あの世の仕組みも判らないのに空想でしかないのですがそう思うようになりました。

家でなくたまには錆びれた店で飲むのもいいかななんて・・。

髭面の店の大将のジョークを聞きながら赤提灯で飲むか・・錆びれた薄暗いバーで場違いの黒木瞳さんみたいなママが隣で酌してくれて下心なしで飲むのも良いかもなんて思ったりも・・。

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訂正印。

今日は訂正印をご紹介します。

今更紹介されずとも経理の方はお使いかと思います訂正印。帳簿の日付や額面の訂正個所に線を引いて押す小さな印鑑ですね。

ご存知のようにあくまで帳簿用であって手形や小切手や契約書などには無効です。

小判型が一般的で、印章店で既製品として取り扱っていて大抵の姓は揃っています。

それでもないお名前は別姓で彫る事もできますが、当店ではゴム印をお勧めしています。

費用も製造業者ならではの柘植訂正印の既製と同じ価格で提供しています。

却ってクッション性に優れたゴム版の訂正印は押しやすいと好評を頂いています。

訂正印は責任を持って帳簿に押すだけにクッキリと押したいものですね。

既製柘植訂正印 特価¥250-  別姓ゴム版訂正印 特価¥250-

    (有)清山堂製印所

    http://nttbj.itp.ne.jp/0337129142

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私の髪型の事・・。

雨の中、急ぎ仕事の納入で昔からのお馴染みさんへ・・。

[御兄ちゃんは若い時から髪型から服の好みまで変わってないな・・(o^-^o)]

と、其れこそ子供の頃から私を知るお客さんが笑顔で仰っていただきました(*^-^)

確かに御客様の言葉通り髪型に関しては10代の頃からオールバックで途中パーマを掛けたりもしましたが今もポマードで固めていて、背広は縞柄を好んでいたのですが。

髪型を変えようとした事はそう言えばなかったような・・・高校時代に女の子にモテタクてアイドル風に前髪を垂らしたものの自分でないように見えてスグにオールバックに戻した位で・・髪の量は悲しい事に歳並みとともに減ってオデコの面積が大きくなりましたが(;´Д`A ```

基本的にはオールバックで毎朝柳家ポマードで撫でつけています。

[何でも流行りに合わせりゃいいものじゃないよな・・自分のスタイルを持ってないと。]

仰る御客様も若いころから中々の紳士で御髪はロマンスグレーになられてもキチンと七・三に整えてストライプのネクタイを好んで着けていらっしゃいます。

[御兄ちゃんにはそのスタイルが似あってるよ・・昔からお洒落熱心でお袋さんも呆れてたけど俺は以前から良いと思ってたから歳とっても崩さない方がいいよ!!]

子供の頃から暖かく見守って下さってるお客様だから掛けていただける言葉だけにジーンと来てしまったり(ρ_;)

娘達の話になり二女が学校を休んでいると話すと心配して頂きお土産にと美味しいクッキーを持たせて戴き感謝ですm(_ _)m

世知辛い世の中となるとこうしたさり気無い温かさが今日のような氷雨の日には身にしみました(ノ_-。)

[大事にしてあげてね・・お洒落な良いお父ちゃんでな(*^-^)]

温かい配慮とお言葉に車に戻ってから涙がこぼれました(u_u。)

話はそれてしまいましたが私もトレンドに関係なく、髪が後退しようともオールバックに縞のダブルのスタイルはトレードマークとして続けたいと思います。

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2009年11月16日 (月)

生産階級として思う・・。

スタンプというと事務用品のカテゴリーに含まれる事に懐疑的でした(-ε-)

印鑑は独立しているのにゴム印は事務用品となってしまったのは生産階級として寂しく思えます(;д;)

ゴム印も印鑑も一部既製品を除けば注文生産なのに町の文具店で扱われている事務用品となってしまっている現実が悔しいというか・・・。

流通形態の中でゴム印メーカーが卸していたのは印章店であったのが文具店が進出した結果そうなったのですが全く製造業と小売業といった中でも印章店は同じ系列で印鑑を彫る職人ですが文具屋は仕入れて儲けるだけの言わばモノ売りで安く仕入れて利益を大きくする商人・・。

然し、印章店と違うのは営業力を駆使して仕事を集める事で文具の利益は15%しかない処印章・ゴム印は30~50%の高利益とあって飛びついて力を入れるようになったと聞きます。

スタンプメーカーも文具店の機動力で仕事も集めてくれるので頼ってしまった責任もあり、市場を渡してしまい結果として職人が忌み嫌いもした賤しい生業である商人を傲慢にしてしまった結果が下請け価格の頭打ちとなって衰退の一端を招いたのも仕方ないのですが・・。

悲しいのは職人が商人の風下で蔑まれ、買い叩かれてしまう事実で・・何故額に汗水して物も作らず右から左へ儲けて売るだけの小売業が利益を上げるのかという事です。

その上、メーカーが店を出したり小売りに手を出すと歓迎されないのは仕方ないとしても露骨な嫌がらせまでするのが文具業界です。公共の文具納入は仕事は談合もまかり通っていると言う事実もありやりたい放題の浅ましい業界だと┐(´д`)┌

生産階級こそが利益を得てこそ製造業は衰退せずに後継者も輩出できると本で読みましたが私も同感です・・。

スタンプに限らず手作りの生産品は独立したカテゴリーとして扱って欲しいと思いました。

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サザエさん・・。

夕べサザエさんの特番を観ていて家族で笑いながらも寂しく思えたのでした。

子供の頃は家族で観ていたのでしたが元父が死に、母が亡くなりいつの間にか観なくなってしまったって暫くぶりに子供のリクエストで仕方なく一は緒に観ていたら辛くなったのでした。

母が亡くなる前年の夏に桜新町の[長谷川町子美術館]のサザエさんフェスタに長女とワイフと三人で行った事も思い出したりで、お馴染みのオープニングテーマも忌々しく聞こえたりと親子三世代揃う事は叶わなかった身として辛い番組となっていたのでした。

でも子供達が楽しそうにに観ている様子に、つい一緒に引き込まれて笑ったりと(*^-^)

8時になり風呂の時間で子供達を追い立てて大河ドラマを観たのでしたが。リクエスト通りに録画は気分的にできませんでした・・・(*_ _)人ゴメンナサイ

やはり苦手で繰り返して観たくはないので・・。

子供のころ観ながら常々思っていたのはカツオ君は自由でいいなと・・・怒ると怖い波兵お父さんも将来まで縛らなかったのがそう思えたのでした。

元父も母も祖母も楽しみにしていたサザエさん・・・・私もそうでしたが大人になってからは観たくない番組トップとなってしまいました。

元父からのトラウマや三世代揃う事を果たせなかった悲しさと許さなかった運命への恨みやらサザエさんを観ていると負の思いが湧いてきて・・・愉快な番組で素敵な登場人物ばかりなのにと判っていながらも観ると辛くなる複雑な番組でした。

チビまる子ちゃんの方が家族構成は3世代で同じなのに楽しく観れるのですが・・・。

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2009年11月15日 (日)

学芸会がインフルエンザで・・。

一週間延期された学芸会が昨日行われました・・。

残念な事にインフルエンザを発症した二女は不参加に(ノω・、) 仕方なく私と二男とお留守番でした・・。それでも次があるからと慰めると次男とトトロのビデオを楽しそうに観ていて・・何か余計に可哀そうに(ノ_-。)

六年生の姉はコレが最後の学芸会だけに私も行きたかったのでしたが夜に家族でワイフがビデオに収めた熱演を鑑賞しました。

前を向いて大きな声で話す長女に感動です・・・ビデオを観てウルウルですからライブだったら泣き出しそうになったと・・・。本当に成長したとつくづく思うのでした・・。

私の時分は学芸会は毎年あったのに今は展覧会と一年置きの交互に開催されていて三回しかないのですが・・初めての学芸会は二年生の冬で前年夏に長男を亡くしていただけにやたらと込み上げて涙で霞んでいたのも思い起こされたりと・・。

長女やお友達も先生も一丸となって取り組んだ小学校生活最後の学芸会は良い思い出となるでしょう。

二人揃っての学芸会は最初で最後だけに今回は二女か残念でしたが次回は四年生の時の演技に期待したいと・・。 

二男もビデオの中の長女に[ネーネ・ネーネ]と頻りに嬉しそうに声を上げて二女も姉の演技を絶賛してました(*^-^)

長女もここは難しかったとか色々と解説してくれて皆体調不良の週末でしたが明るくなれたのが一番でした。

子供は元気をもってきてくれる・・・本当に有難いものです。

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風邪で体調が・・・。

週明けから体調が芳しくなく、発熱して診察を受けたところ幸いインフルエンザにはかかっていないという事で安心はしたものの身体に力が入らない一週間に(;;;´Д`)

挙句に二女と二男がインフルエンザとなりワイフも風邪で散々な感じでした。

週末になり二男も二女も元気を取り戻したのですが私自身は気力も萎えてゴロゴロとしてしまい情けない限りで・・。

それでも昨日は午後から地元の児童館のお祭り[くまごろう祭り]のPTAのお手伝いに行く事に・・。

本当は午前は娘の通う小学校の学芸会でしたが二男と二女が療養中のためワイフに任せて、入れ違いに児童館でフリースローコーナーの受付の仕事を一時間程してきました。

立ち仕事で堪えたものの楽しげな子供達の様子に癒された気もしたので良かったと(^-^;

今日は朝はゆっくり起きてゴロゴロしていましたがこのまま動けなくなる恐怖感に苛まれ渋谷まで散歩がてら出たものの余りの人混みに圧倒されUターンする事に(;д;)

靴下の補充が目的だったものの達せずコーヒーを飲んで引き揚げてきました。

年々体力が衰えて風邪の治りも遅くなるような気がします・・。

今日も早く床につき明日の仕事に備えたいと・・・体調不良だと気力も萎えて鬱気味となるのは本当に厄介なもの・・・電車でチックにも襲われ少々ブルーな日曜日でした(/□≦、)

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2009年11月10日 (火)

台木削り・・。

幸いな事に熱も下がり、スローペースながらも仕事する事が出来ました。

そんな時に限り役所関係から纏まった仕事を承り電気ノコギリで台木をカットする仕事が多くボーッとして手元が狂ったらと緊張です(゚ー゚; 

それでも今の時勢に仕事をいただけるのは実に有難いものだと実感します。

薬によっては眠くなるので車の運転や機械の操作は注意とあるので今日の作業は怖かったです・・。何んせ歯がむき出しなので下手すると指を飛ばす事もありますから(≧ヘ≦)

以前怪我した事もあり、元父もそうでしたが結構危険な作業で・・その割には値段的に安くも思える事も。

ビクついても上手く切れないし技術的には自信はあるのですが自惚れは危険なので高じて手早く済まそうという時に限りミスや怪我に繋がるので禁物です。

今日は体調が悪いだけに余計に慎重にして御蔭さまで終わって五本の指がそろっているので安心しました(^-^;

今日も早く寝て、少しでも回復して仕事に臨みたいと思います。

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次男がインフルエンザに・・・私も発熱が・・。

昨日病院で受診した次男・・検査でインフルエンザと判明して薬を処方されました(;ω;)

機嫌も余り良くなくどうも辛そうに・・おまけに二女まで気分が優れず微熱がありコレは一体と思っていたところ今度は私が午後から体調がおかしくなり気だるさに襲われて(;´Д`A ```

夜にとうとう発熱してフラつく始末でヤラレた!!と思い早々に床に就いたものの寝付かれずにいて寝汗をかいたりで・・。

二男は夜中に起きてそれが元気でお腹が空いてミルクとビスケットを少々食べられるまでに・・驚きですw(゚o゚)w

今朝は目覚めると夕べよりスッキリしてるので熱を測ると平熱に下がっていて・・二女と医院で診てもらったら熱が下がっているからインフルエンザの可能性は低いとの事に安心(^-^;

但し再び上げれば検査の要ありとの事で上がらずに処方された薬で治まって欲しいものです。二女も大丈夫との事で今日は大事をとって学校は休ませる事に・・。

今回は私までヤラレたと覚悟しましたが・・・今日も仕事出来る事になり先ずは一安心。

気掛かりはワイフの事・・・次男につきっきりで疲れ気味なので無理がたたらないと良いのですが。二男は今朝はゆっくりのお目覚めで夜中にリクエストされた[ちゅるちゅるメンメン]ことソバを起きてすぐに探すまでになって美味しそうに食べていました(゚ー゚)

長女と二男が掛かりましたが、家庭内感染は少ないとの見方もあるようですが油断は禁物だとこれから寒くなるので用心に越した事はないと思いました。

然し熱が上がると身体の重心がなくなるというか怖いものです(@Д@;

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2009年11月 8日 (日)

またもや・・二男の発熱。

今日は二男が発熱して機嫌は良く食欲もあるのですがやはり時期が時期だけに心配です(;;;´Д`)

長女は友達のバレーの発表会へ、二女も共に行く予定でしたが昨日は土曜登校だったせいか少し疲れ気味のようで、私と短時間のお出かけで気晴らしする事に・・。

お台場で少し遊ばせてオヤツだけでしたが満足した様子(*^-^)

発熱した弟を気遣い、ブリキのミニカーをお土産にする健気なお姉ちゃん振りでした。

帰宅して手渡すと次男は大喜び\(;゚∇゚)/ 相変わらず機嫌は良いのですが熱があり明日は病院へ行こうと思います。

長女も楽しんで帰ってきて、弟を気遣っていました。 

二女も夕食後に早々に寝て・・・短時間でも疲れたのか熱も少し高めでデリケートな体質なので明日が心配ですが、幸いに学校は休みなのでゆっくりさせてあげたいです。

子供が少しでも具合が悪いと心配で・・親バカと思いながらもこれから寒さが増す季節の上にインフルエンザの流行。無理はさせないように気をつけたいものでオネダリに負けたとは言っても今日のお出かけは反省です(。>0<。)

私も先週受けた健康診断の結果が出るころで何か落ち着きませんが・・家族で健康で過ごせるよう気をつけたいと思いました。

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2009年11月 7日 (土)

兄弟の意義?

私は一人っ子です。おまけに自営業ときたもので子供以上に跡取りという事で将来を産まれおちた時に既に元父は決めていたのが、一人っ子として不運だったと思います。

確かに一人しかいない事で優遇されていた事は大いにありましたが、兄弟が欲しいと子供の頃は常に思っていました。

やはり寂しかったですね・・・既に両親は亡くなり思うのは兄弟がいれば共に育ててくれた親の思い出を共有出来たのにと・・。

[お袋のあの料理は美味かったね] [オヤジはこんな口癖だった]そんな事を覚えているのは私しかいないのがとても寂しく思えます。

兄弟なんていなくて良かったと思う事も・・・それは両親共、親兄弟を養ってきたのでその関係で頼り切っていて少しでも戴こうとそれも兄弟だから当然という態度をみて思いました。

自分の子供の学費やマンションを購入したいからと元父の妹が目の前でたかってきた時は呆れるは・・・元父の死後も母の末の妹が仕事を手伝っていたのを良いことに態度大きくせびられたりと・・こんな兄弟ならいない方が良いとつくづく思いました。

我が家もそんな資産家でもない普通の家庭なのに身内という事で図々しいものだと・・。

親身になってくれる方が[早くに二親が死ぬと気苦労も多いけど]と励ましてくれましたがそのとおりでした・・。

兄弟がいれば力合わせてとなったやら・・下手すれば醜い争いになる事もよくあると聞きますが一人っ子の私にはそれもなく、負担だけ遺されましたが運命なのでしょう。

寂しいと言えば寂しくも、煩わしさがないと言えばそうですが一人っ子ゆえのメリットとデメリット双方感じます・・。

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ブログネタ: あなたに“きょうだい”はいる?参加数

学芸会が延期に・・でも土曜日の授業が・。

今日は娘達の学校で学芸会が行われる筈でしたがインフルエンザによる学年閉鎖やらで一週間延期になり、それでも通常授業があり平日どおりの朝となり登校していきました。

三学年が立て続けに学年閉鎖され練習もままならなかったので延期で良かったのですが、閉鎖で休みがあったからとはいえ土曜の授業は可哀そうにも思えました。

でも私達が子供の頃は土曜日はと言えば午前授業で給食なしだったと。そう言えば家でも土曜は仕事していました・・。 それが隔週で土曜休みで、土日休みになったのが今から20年位前で元父の死ぬ少し前だったような・・。

それまでは休みと言えば日曜日と祭日だと思ってましたから。

世の中に週休二日制が浸透したせいか今は学校も土曜も休みになって、ゆとり教育とか言ってたのが学力の低下がみられると今度は見直しとかで・・。

難しい話はわかりませんが国の都合で子供達が振り回されているようにも見えます。

親も生まれる国も時代も選べないので仕方ないと言えばそうなのですが(。>0<。)

我が家の娘達といえば放課後は以前は学童保育で預かってもらってて今は友達と約束して遊びに行ったり塾へいったりと・・。苛められていて苦痛だった私と違って楽しそうに過ごしているのが親として嬉しい限りです。

今は勉強も大事ですが友達と喧嘩したりしながらでも日々の生活の中で思いやりの気持ちや協調性を育んで父親違って人との係わりが普通にこなせるようになってほしいと。

さて来週の学芸会は長女には小学校生活で友達と一丸になって取り組む最後の行事なので良い思い出となればと願ってます。今から娘達の演技を観るのが楽しみです(*^-^)

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2009年11月 6日 (金)

生きるのが難しい時代に・・先輩の事。

最近、何故か旧友や知人がどうしてるか気になったり、会いたくなったりと・・。

今のうちに会っておきたいような気にかられたりしています。

会って感謝の意を伝えたかったり、詫びたかったりと・・・・・どうしてかそんな気になって。

若いころ、一時期テニススクールに通った時期があり其処で地元の先輩にあたる人と出会って仲良くなりました・・。学校で接した事はなったものの近所で同窓という事と人柄が良かったので意気投合して付き合いは続きました。

その方は会社の人間関係の悩みが高じて気を病み、自殺未遂まで起こしてその後もテニスに復帰してアルバイトを始めて、私も変わらない付き合いが続いて、私が結婚、子供が産まれたときは喜んでくれて両親に長男を亡くした時は共に悲しんでくれたりと・・・。

メールでやりとりしたりお茶して話したりとしてたのですが、最近また気の病がすすみ入院したとの事でした・・。

洒落者で颯爽としていた時を知るだけに何とも・・・。

優しいだけに色々と耐えられない事も重なったようだと話からも解るだけに殊更で、かと言って何も出来ないし・・。

誰もが追い詰められて弾けてしまってもおかしくない時代だけに他人事とは思えずまた以前のように笑顔で話せるといいとツクヅク思うのでした。

センパイ待ってるからねー(゚m゚*)

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2009年11月 5日 (木)

血は受け継がれて・・親子の面立ちの事。

今日、お客様へ伺った時のこと・・。

[最近オヤジさんに似てきたねー・・そっくりになったよ。]との言葉をいただきました。

元父と似ているというのは元父の生前中から言われてましたがこの歳になって最近言われる事も多くなったような。それだけ歳とったようにも感じたりします。

[オデコが広くなってお父さんと同じ顔だね。]等と寂しくなる言葉まで(。>0<。)

確かに額が広くなり髭をそっている時など鏡に映る自分に元父の面影が重なったりして妙な気持ちになったりするものなのですが・・。

元父と御客様の思い出話を伺う中で元父が迷っていたとの話も聞く事に・・。[無理強いするのもと思うけど・・やっぱり息子に継がせたい気持ちが強い]そう言ってたと・・。

御客様曰く[可愛くてオヤジさん手元に置いて一緒に仕事したかったんだよ]と。

同じような言葉は色々と言われますが愛情が過ぎて子を縛るのは迷惑なだけだと。

似ていると言えば長女が幼いころにNHKの[おかあさんといっしょ]に出演してオンエアでアップされた時に元父の面影がある事にビックリした事もありました。

業界の方からも言われてたのでしたが、確かに長女は今でこそ女の子らしくなったものの幼い時はそっくりだと周りからも言われ私自身そう思い、それ故に可愛くて仕方ないのですから。

長女だけでなく亡き長男に二女に二男も皆それぞれ可愛くていつまでも一緒にいたいと思います。

それだけに元父の無理強いも迷惑ながらも少しは解るような気もしないでも・・。

血は絶てないというか元父への私の思いはそれとして血は受け継がれているのだと・・。

姿形だけでなく元父の明るさと思いやりこそ受け継いでくれたらと思いもします。

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2009年11月 4日 (水)

木枯らしの季節到来・・。

昨日の文化の日も寒い一日に・・。

本当は公園で行われるイベントへ家族で行くはずでしたが寒さで健康を害してはと取りやめて近くの大型スーパーで子供の冬物の衣料と買い出しに変更しました・・。

私自身、夕べから体調が優れないというか疲れ気味なせいもあり本当は夜は寄席で落語を聴きに行きたかったのでしたが大事をとって我慢しました・・。残念゚゚(´O`)°゚

代わりにというか家族で往年のハリウッドのミュージカル映画[イースターパレード]を鑑賞。

フレッド・アステアの華麗なダンスに加えてコミカルなシーンもあってワイフも子供達も笑い声を上げたり楽しく観られて60年も前の作品ですが世代を越えて家族で楽しめる作品だと。

それにしても季節の移ろいは早いものですね。

木枯らしも吹いて、冬支度の人が行きかい近くの大鳥神社では酉の市の準備の櫓の組み立ても始り年の瀬が迫っていると感じます。

今朝も寒さで中々エンジンが掛からずに気分が悪く、動悸が激しく気力で支度してから子供達を起こしました。

寒さに体力はおろか気力も奪われないようしっかりと自分を維持していきたいものです。

ワイフと子供達が元気でいてくれる事が私のエネル源・・健康で冬を過ごして欲しいと願う休み明けの朝です。

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2009年11月 2日 (月)

商業倫理とは。

昨日と一転してこの季節らしく寒くなり、冷え症の私は辛く感じています(。>0<。)

先日、下請け仕事で校正を頼まれてお出ししてユーザー様よりOKを頂いたとの事で作成・納品後にユーザー様の方で間違いがあり作り直しという事態が発生しました。

校正とはスタンプの出来上がりイメージと大きさ・誤字をユーザー様に確認してもらうのですが・・確認しないでOKを出されたようでした。

此方はOKを頂いたうえで作成して手違いはないのですが、元請けさんが此方の責任で作り直してくれと・・・。それも当り前のように悪びれもせずに平然と言うのですからビックリです。

勝手な言い分に勿論抗議しました・・。それも取り合わず[客の間違いを指摘すると仕事もらえなくなる]と・・若い営業は自分の言い分を言うのでした。 

仕方なく今回は作り直す事になったのですが腑に落ちずに悔しいやら(-゛-メ)

折角校正して了承され作ったスタンプはミスもないのに此方の損となり・・元請けは損もなく儲けを得るのですから・・下請けは泣かせても自分は損しないという商人の賤しいというか浅ましさ丸出しです。

物を作りもしないのに安く仕入れてチャッカリ儲けようとするから儒教では商人は賤しい存在と定義されてるのも納得してしまいそうでした。

昔は商業倫理をしっかり持っていて元請けも下請けの立場を尊重していたと聞きましたが今やそれもなくなり下請けは泣かされても元請けのいいなりになる以外ないのかと・・。

仕事を俺達が回してやってるといった慢心が大手企業はじめ中小企業の元請け業者まで浸透しているように思えて虚しくなります。世の厳しさと言われればそうで私一人声を大にした訴えても仕方なく、誰もが不条理と思っても耐えているのが現状なのでしょうが・・。

確かに客の間違いを指摘しずらい元請けの立場も解りますし配慮もしますが[申し訳ないけど今回はお願いします]位の言葉があってもと思うのです。

下請けだけ損させて当たり前の態度は・・その人の人間性によると言ったらそれも悲しいですし何とも虚しく感じるのでした。

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2009年11月 1日 (日)

穏やかな日曜日・・。

今日は夕べのパーティーで飲みすぎた事もあり寝坊してしまいました(^-^;

インフルエンザで隔離生活だった長女も回復して、午前中は近くの児童遊園で子供達と遊び午後からは二男とワイフと代官山を買い物と散策に。長女と二女とは別行動です・・。

途中で移転の為にセールをしているお店を物色してワイフはクラシカルな柄のニットとグレーの霜降りのワイドパンツを破格でゲットしました(*^-^)

堅実なワイフは左程お洒落に拘らないのですが、70~80%オフの商品から素敵な二点を選び、何時もながら出費を抑えた上手な買い物には敬服です(゚m゚*)

買物の間は二男は私と通りの車を眺めたりと良くママを待っていたと思います(゚ー゚)

ワイフも久々の自分のショッピングが出来て気分転換にもなったようで良かったです。

代官山というと高級ブティックのイメージもありますが結構手頃で庶民価格のお店もあるものですね。

私は専ら古着屋さんでクラシカルで安いシャツなど見つけてますし、子供を育てる以上は身の丈に合った範囲で楽しんでいます。

今日のワイフの選んだニットとワイドパンツは大人っぽくて良く似あっていました。

本人も気に入ったらしくご機嫌で良かったです。私も壊れた湯呑みの代わりのオリエンタルな柄のカップを210円でゲットできて良かったです。

今度は割らないように大事にしたいものです(゚▽゚*)

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ウエディング・パーティー。

昨夜は上野で開かれた、私がネットで初めてサイトを作り色々と教えていただいた[おぴ]の主催者のHさんとSさんのウエディング・パーティーに招かれて行ってきました。

新郎新婦とも晴れやかな表情で出迎えていただき、創作落語部会のメンバーの方もいらして、以前に[おぴ]のオフ会でお会いした方々ともお話できて楽しく過ごせました。

カラオケルームでのアットホームなパーティーでお酒も進み暫くぶりにほろ酔い加減に・・。

若いっていいですね。夢と希望に満ち溢れていて、そんなお二人の門出を祝う会に行って此方も明日への希望を頂いた。そんな気がしました(*^-^)

新郎は無口で料理上手な漫画家の好青年。新婦はしっかり者の子供好きのウエップデザイナー。

共に大学の同窓生でお付き合いも長いそうで、パソコン音痴の私をよく面倒見ていただいてます。

お二人のご縁で色々な方と知り合い井の中の蛙だった私も人との関わりの大切さも知る事が出来ました。

そして[おぴ]のサイトを通して音信不通だった親友と再会が叶ったりで、[おぴ]にはネットで色々な扉を開けてもらって感謝しています。

お二人の末永い幸せを祈りたいと思います(*゚▽゚)ノ

    おぴ   http://www.opinet.jp

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