無料ブログはココログ
フォト

天使になった実君。

  • 弟とおどけて・・。
    長男、実は2005年2月10日に生まれて、8月21日に突然に世を去りました・・。 何もできないパパでしたが愛と笑顔をふりまいてくれました。 感謝を込めて綴りたいと思います。

« Tちゃんとの突然の再会。 | トップページ | 亡き母を思う・・。 »

2009年11月19日 (木)

ゴム印の歴史・・。

今日はゴム印の歴史について・・。

ゴム印は鋳造ゴム印と言い、遡ること明治18年にイギリスのリッチホード氏という人物が制作を始めて、前後してアメリカでも鋳造ゴム印が制作されました。

日本では明治20年に横浜に於いてアメリカ人の歯科医が石膏型でゴム印を製造。

翌21年頃、東京では大貫某という方が大阪では増本定三郎という方が鋳造用ラバー(ゴム)を初輸入。

明治32年頃、回転判の製造。継ぎ目は絹糸で縫い合わせて作られたそうです。

明治44年に神戸ダンロップ社が初めて国産ラバーを製造、大正3年以降ハナラキラバー、角ラバーが製造出荷されるようになった。

                                  業界の組織委員会調査から・・。

以外にも日本ではアメリカ人の歯医者さんが始めたのでした・・。私の子供の頃は確かに流しゴムとか言って活字で文字を組んで石膏を流しこんで固めて型を取り、其処へラバーを焼きつけてゴム印にしてたのが思い出されます。

ゴムが焼けて割った石膏で地面に絵を描いたりしたものです(゚ー゚)

それが活字を組む活版から写真植字機(写植)で版下を組むようになり、樹脂版にフイルムにあて露光して文字を焼きつけてお湯で樹脂を洗い流し出来た型に石膏に代わってPCボードと呼ばれる専用版にゴムをプレスして焼きつけるようになり今に至ってます。

写植製版からパソコンに版下作製も代わり、データーをレーザーでゴム面を彫って印面を直接作るまでに進化をしています。

時代とともに製造方法は変わりましたが今でもゴム印を作る工場を鋳造屋さん、あるいは流しゴム屋さんなど呼ばれる方もいるのは昔の名残なのでしょう。

機械化されたと言っても露光・洗い出す時間、型、ゴムの焼きつけは経験を積み重ねて研磨された職人の仕事でラバーの状態やら色々と気を配ってこそ高品質のゴム印となるのです。

地味な目立たないささやかな産業でデジタル社会で需要も激減して後継者不足もあり斜陽化しているのも事実ですが先人の汗と努力で培われてきた鋳造ゴム印・・・。

そのゴム印でご飯を食べさせていただきここまで育てられた私として・・世の移ろいと呑みこんでもその歴史に触れて再び世に認められればと寂しくも思うのでした。

 (有)清山堂製印所

 http://nttbj.itp.ne.jp/0337129142

Dylul88v

« Tちゃんとの突然の再会。 | トップページ | 亡き母を思う・・。 »

ゴム印工房だより -製品案内ほか-」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1091808/32272447

この記事へのトラックバック一覧です: ゴム印の歴史・・。:

« Tちゃんとの突然の再会。 | トップページ | 亡き母を思う・・。 »

最近のトラックバック

2016年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31