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天使になった実君。

  • 弟とおどけて・・。
    長男、実は2005年2月10日に生まれて、8月21日に突然に世を去りました・・。 何もできないパパでしたが愛と笑顔をふりまいてくれました。 感謝を込めて綴りたいと思います。

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2010年1月

2010年1月31日 (日)

業界の総会と懇親会。

昨日は業界団体の総会と懇親会でした。

今年初めて顔合わせで、諸々の昨年の報告に今年は役員の改選と進み総会も今年で第60回とか・・・。長い歴史の団体なのだとあらためて感じます。

興味深かったのは来賓でいらした業界紙の方の挨拶で九州は宇宙センターで知られる種子島にもハンコやさんがあるという事・・・種子島だけでなく過疎地域にも大正時代より続くハンコ屋さんがあると・・・それだけ根強い業種であるのだから元気を出してほしいとのお話でした・・。  どの業界も不況のあおりで青色吐息の中でも頑張って生き残りを掛けてるとも。

本当に厳しい情勢だとつくづく思います(。>0<。)

懇親会では気心の知れた先輩方と打ち解けて料理に舌鼓を打ちお酒もすすみ楽しく懇談させていただきました・・。

昨年は体調不良で欠席しただけに二年分飲み食いして気持ちよく過ごせて良かったです。

思えば父が亡くなり若造の私を温かく迎え入れて戴きもう20年にもなるのだと・・・最初は緊張しましたが今では皆さんと会えるのが楽しみになっていて、ハートウォーミングな集まりだと思います。

二次会も和やかに過ごさせていただき良い一日でした(*^-^)

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2010年1月30日 (土)

その場に合うスタイルで・・・。

今日は午後から業界の総会に出掛けるのでスーツで行く事に・・・。

いつもの集まりはノータイでラフなスタイルでも皆さんこの日はスーツかジャケットにタイドアップして集まります。

いつも私が考えるのは気心が知れている方々でも私が一番若く皆さん目上と言う事・・・。

それに来賓も見えるので控えめな装いで伺うことに・・・若いと言っても駆け出しの若者ならいざしらず年齢的にも場の常識を心得た装いで一人浮くような事にならない事だと。

服の嗜好がどうであれTPOを考えてこそのお洒落はマナーの一つとして気をつけたいものです。

気を引き締める意味で紺色の無地に近い杉綾のスーツに若わかしく爽やかに白地にブルーの細いストライプのシャツに臙脂系のネクタイに決めました。

本当はシングルが望ましいのですが冬物はダブルなのでこれに・・。

デザインはダブルでも紺のスーツは万能選手で目立たずに集団に溶け込み浮く事は先ずなく、シャツやネクタイの選択でフォーマルな場でも着られます。

そのうえシックにも若々しくもなりお洒落の幅も広がり何通りの着こなしも楽しめる優れモノ。

子育て世代で新調は出来ずともシャツとネクタイを変えて場に合ったお洒落を楽しみたいと思うのでした。

Img_1441 写真はストライプ入りですが今日はスーツを地味目の無地に近いモノにしてシャツとタイで若々しくもシックにしたいと思います。

2010年1月28日 (木)

二男の寝かしつけの本読み。

二男の寝かしつけの本読みを最近私がしていますが、驚くのは毎晩飽きもせずに同じ本を選ぶという事です・・。

必ずプーさんとブラザーペアのディズニーの短編の絵本2冊に日替わりで鉄道とサイレンカーの写真本を持ってきては私の読み聞かせを満面の笑みで聞いていますψ(`∇´)ψ

以前はトトロの絵本でコレは分厚く結構長かったので一冊で、短編の絵本5冊分位で疲れましたが・・今はプーさんが特にお気に入りのようです。

そういえば長女と次女の読み聞かせもしましたが・・やはり決まってコレという本もあったような・・・結構上のこの事は忘れてしまうようですがお気に入りは笠地蔵だったような・・。

覚えているのは姉妹で私の読み聞かせに声をあげて笑ったり真顔で聞きいったりした笑顔で、二男も[ティガーだ!!]と嬉しそうな声と笑顔は忘れることはないと・・。

読み終わり寝かしつけながら昨日、一昨日と疲れていたのかウトウトしてそのまま眠ってしまいましたが・・それだけ子供の笑顔と無垢な寝顔に癒しをもらっていると思うと贅沢な時間にも思えます(゚ー゚)

もうすぐ3歳になる二男・・・こんな時間がいつまでか長女と次女の時はアッという間だったようにも思え、そして亡き長男にも読み聞かせておげたかったとホロリとしたり・・。

親と子の温もりの一時を大切にしたいと思うのでした。

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2010年1月25日 (月)

時代・・・。

週末に不覚にもコケて左眉上に切り傷を負い落ち込んでしまいました(;;;´Д`)

今日お客様に伺い心配いただくはガーゼを当てて伺うのも情けないというか・・。

そんな中で[変な時代だ・・。]というお言葉が・・。

前にも書きましたが[時代が悪すぎる。][大変な時代だ・・。]と会話で出てきます・・。

確かにそう思います・・。どう自分を保って生き抜き子供達を育て上げるか・・。日々不安がつきまとい緊張感で顔が引きつりそうに・・。

ある方が[戦時中からみると命の危険がないだけいいと思う・・。]そう仰ってました。

平和の中でヌクヌク育った私には亡き両親から聞いてはいても実感がないだけに日々戦火にさらされず生きていけるのは有難いことだと紛争地帯の報道を見たりして思います。

生まれてくる国も時代も親も選ぶことはできなくとも生かされている事自体幸せだと・・。

母が昔[防空壕の隙間からから飛行機雲が見えた時は生きていられるのかと思った]と話していました・・。

父も大陸での逃避行するとき[夜、頭の上を弾が赤く光って飛んでくるのは怖かった。]と・・。

今私達が置かれている世相も厳しいものでも、爆弾が落ちてきたり、弾が飛んでくる事はなく比べようもない時代を生き抜いてきたのだと思います。

平和が当たり前の私達はどうしても時代というか世の中に対して不満を向けますが生命の危機がないだけ有難いと思えば[苦しくとも生きていられるんだから何とかなるよ!!]戦争を経験されたお客様の言葉にしっかりせねばと思ったのでした・・。

[どんずまりになったとしても命までは取られないから。]年輪が刻まれた笑顔に逞しさも感じて私もかくありたいと・・。

父も母も逞しかったと・・はて息子の私は・・・(ノω・、)強くなりたいです。

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2010年1月20日 (水)

実演販売に・・。

今日は暖かな一日で、暦では大寒だそうですが春みたいでしたね(o^-^o)

夕方にデート印の器具と鋏に印刀とテープといった道具を抱えてお客様の元に・・回転印の元号が切れたのでお客様お手持ちの印面を新しい器具に張り替える為でした。

年末も伺ったのですが、やはり人前で作業するのは緊張するもの(;´▽`A``

そのうえ週末に右手親指の付け根をいつの間にか一㎝程切ってしまい瘡蓋になったものの傷が引きつって関節近くなので動きが・・。

それでもお陰さまでどうにか何時も通り切り抜き作業も無事に済ませてお客様にも満足いただけて一安心です( ^ω^ )

職人作業をナカナカお目に掛ける事はないだけにある意味貴重な仕事とも言えますがシクジリは許されないだけに緊張です・・。

帰ってから道具を手入れして次の仕事に備えましたが刃物は怖いもの・・怪我に注意して取り組みたいと思いました。

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2010年1月19日 (火)

保育園の送り迎え・・。

今日、二歳の二男が通う保育園へ朝送ると離れたくないとグズられて・・。

二女が預かって貰い初めてグズられた時を思い出しました。

[パパー!!]と絶叫してしがみつくのを保母さんに託して後ろ髪引かれる思いで背中を向けて園を出たあと切なくて涙が込み上げたものでした(ノ_-。)

やはり二歳だったと・・親にまだまだ甘えていたい時期なので可哀想なのですが、その分休みの日は一杯一緒にいる時間を作り大切にしています。

二男ですが正月明けからグズリ出して、年末まではそうでなかったのに正月休みがあったせいか・・連絡ノートには楽しげな様子が書かれていて、お迎えに行くと友達と遊んでいてナカナカ出てこなかったりと園生活にも慣れ親しんでいるのが分かるのですが。

園では先生方の行き届いたお世話とご指導で本当に助かりますm(_ _)m

食事から下の世話まで我が子のみならず何人もの子供にしていただくのですから大変だと思うだけに頭が下がります。

話によると食事のマナーも園では周りに併せているようですが家では玩具や絵本を手に声かけしてもテーブルにつかなかったりときかん坊振りに手を焼くようになったものの、家だからこその我儘のようで長い目で躾けていきたいと思います。

年取ってから生まれたせいか・・上の子を亡くしている事もあり甘やかしがちになりそうですが心を鬼にして最近は厳しく接しています。

上の娘達に比べて共に過ごせる時間は少ないのでしっかりと親として後押しが出来ればと・・・そんな思いから抱きつく二男に [男だろ!!ビービー泣かないでしっかりしろ!!]と二歳にはまだ酷な言葉を投げて先生に託して帰りに自己嫌悪と寂しさにおそわれました。

子供達はどの子も愛しく大切なだけに三人とも強く優しく育てたいと思います(ρ_;)

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2010年1月16日 (土)

母の命日に・母の励まし・・。

昨日は母の命日で丸10年・・・。色々な事が思い起こされ涙が浮かんだりと(ノ_-。)

思えば苦労が多い母でした。父親を早く亡くし、早くから働き弟を大学に行かせ、末の妹も高校にまで行かせて・・結婚後も、私が生まれてからも常に最期まで働きずくめだったと。

確かに一時期、父の存命中は穏やかな時間も過ごせたのに父が急死したからは一転して世相も平成不況に突入した事もあり女手で矢面に立たされて苦労を掛けて・・何一つ助けられないままだったのが愚かな息子として申し訳なく心残りです。

時折、母が私に対して父を引き合いにして励まされた事を思い出します。

事あるごとに[お前はお父さんの子なんだから、やればできる]口癖のようでした。プレッシャーにも私にはなったのですがそれだけ父を信頼していたあかしだと・・・。

褒めてくれた事も・・亡くなる前年だったか、業界の方の葬儀で私が手伝っている姿を弔問にきて見た母が私が戻ってから労ってくれて・・[キビキビと動いてて良くやってた・・何処へ出ても恥ずかしくない]と嬉しそうにワイフに私を褒め言葉を言ってくれた事を思いだします。

その時は照れくさかったものの今思えば、自信をつけさせようとの愛情だったと・・。

親は子供が幾つになっても子を守ろうとの思いで接してくれるものなのだと亡くなってから感じたものです・・。母こそまさに父亡き後私を、そして家庭を持ってからも私とワイフと初孫の長女をも守ろうとしてくれたと・・。感謝の気持ちと共に申し訳なさも・・孝養をつくすどころか最期まで甘えて、守って貰ったと・・自分の不甲斐なさに腹もたちます。

母は晩年、私とワイフの事を[大事にしてくれて孫と一緒に色んな所へ連れてってくれたりして楽しませてくれる]と嬉しそうに話したそうです・・・してもらった方が多いのにと・・。

命日といってもコレとした事は仕事でできなくて・・・母の孫と過ごすときの笑顔や私を叱る顔やら色々と思いだしたり・・・親孝行したい時には親はなし・・・ホントです゚゚(´O`)°゚

今言えるのは[お袋さん・・・産んでくれてありがとう。守ってくれてありがとう・・。]と 合掌。

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2010年1月14日 (木)

働き盛りの引きこもりの報に・・・。

昨夜のニュース番組で[中高年のひきこもり]が増えている報道に愕然と・・。

会社の業績悪化に伴い業務見直しの方針で管理職だったのが降格・減給され閑職へ追われた揚句パートになるか退職かを迫られて今まで努力して会社に尽くして積み上げた全てを奪われて心身ともに病んでしまい家庭も崩壊して引きこもってしまうという事に・・これでは精神力がどんなに強くても打ち砕かれてしまうと感じました。

[会社という媒体を通して社会と繋がっていたのが突如として社会との接点も閉ざされてしまう恐ろしさ]

そう語るのを聞き同年代として他人事ととても思えずに寝付きも悪く今も頭から離れずにいます・・。 これでは自殺者が増える訳だと恐ろしく感じ気も沈みがちに・・。

経営者も会社を守るための策としても・・会社を守るという事はそこで日々精励する従業員を守る事だと思うのですが・・・経営者も従業員に守られているからこそ成り立っているという事も忘れて、人を物扱いで使い捨てする事に益々社会全体が病んでいると悲しく思えます。

[100人の従業員がいるという事は100人を養うだけでなく100人から養ってもらってるという事を肝に銘じなさい!!]

昔観たドラマで跡を継がせる息子に父親が諭す場面が頭に焼きついていて父も同じような事を私に話した記憶もあります・・。

雇用関係に限らず元請けと下請けの関係にも同じような[下請けいじめ]と呼ばれる非道な仕打ちもまかり通り直面してグッとこらえる度に生きている事が疲れる事も・・。

人は物でなく血の通った生身の生き物なのに・・その時その時の都合で使い捨てにして我が身の安泰だけを図るとしたら・・それでいいのか・・良いわけないに決まっています。

私一人が叫ぼうが変わるわけもないのですが、こんな世相だからこそ地位や立場を超えて人としての触れ合いを大事に力を合わせる事が必要なのだと。

鳩山総理は[友愛]を掲げて舵取りをするそうですがモハヤこの島に他人に対して敬意や感謝や慈しみといった古の人が普通にあった美しい道徳心は落語や芝居の中にしか存在しないのかと思え心寂しく思えたのでした。

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2010年1月13日 (水)

魁皇関と千代大海関・・。

昨日、大相撲初場所で大関の魁皇関が関脇千代大海関に勝ち、奇しくも千代大海関の師匠の元千代の富士の記録を塗り替える幕内通算808勝目を挙げました(*^-^)

一方敗れた千代大海関は今日、引退を表明・・・ド迫力のぶちかましの諸手突きで大関を長く務め、カド番もワースト記録だそうですが、ワースト記録と言えども気迫と鍛錬で大関を守った証だと思います。

両関取とも外国勢が台頭する中で日本人大関として怪我や故障に苦しみながらも土俵を盛り上げた功績は頭が下がります・・。

共に九州男児!!そんな両関取の取り組みは何やら記録達成と引導を渡される明暗が分かれましたが・・共に名大関同士の取り組みは印象深い一番となりました。

魁皇関の偉大な記録達成を称えながらも去っていく千代大海関に本当に御苦労さまと言いたいです(ρ_;)

また土俵が寂しくなりました・・。

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成人の日に思う・・。

成人式が各地で執り行われ・・荒れる成人の日の報道が今年も・・・・。

私の成人式は随分前ですが・・来賓の挨拶中に友達と喋るは、式典中に中座して仲間と記念撮影するわと大人とは言い難い態度で今思えば恥ずかしい限りでした(;´Д`A ```

それでも暴れる人は誰もいない和やかに過ごせたと思います。

荒れる新成人を見ていて何がそうさせているのか・・・確かに我々が成人式を迎えた頃と今では時代が混迷を極めて当時よりも日々生活や将来への不安が付きまとい生きるのが難しくなっているとは思います。

経済状況で進みたい道を断念させられる若者も多く、自分がどう将来に向けて歩み生きていけばよいのか戸惑い、苛立ち苦しんでいる姿にも私には映りました(。>0<。)

若い一時期、自暴自棄になる事も私もあったしそれでも両親が守ってくれていたと・・30代半ばで二親を亡くして、初めて社会の一員として厳しさを少しだけ知ったように思えます。

子を持ち親の立場になったとはいえ本当の大人になっていない未熟な中年オヤジとして暴走する若者を真っ向から責められないと。

未だあおい、甘えてると言われれば私もそうでしたし今でも・・・酒も煙草ものめて選挙権も得たと言ってもコレは法的な話であって大人になる過程の一歩であり、社会に出て色々と苦汁を舐めたりしながら世間様に躾けられて分別もついてくるのだと。

バカやったと思う時が必ず来ると思います。

生きる事は厳しく辛い・・・そんな中でもささやかでも人同士の触れ合いの中で希望を見出して生まれてきた事の喜びと感謝の気持ちが芽生え、それが人に対しての真の優しさとなればと未来の開拓者である新成人に・・そしていつか巣立っていく我が子たちに思いました。

それにしても私の真の成人の日はいつなのか・・・・奥深いテーマで葛藤です(/□≦、)

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2010年1月11日 (月)

家族で浅草へ・・。

昨日は久々に家族で浅草まで行って来ました。連休の中日とあってか大変な人混みで(^-^;

雷門近くのお手頃価格の雰囲気の良い洋食屋さんで食事して、仲見世をブラリと散策しましたが人混みで危険なので観音様までいくのは諦めて遠くから気持ちで手を合わせて、団子屋さんで蓬団子を頬張ったり通りのお店を覗いたりと下町散策しました。

浅草は子供の頃に両親・祖母に連れて行ってもらった思い出に、結婚後・・丁度今の時期に長女がお腹にいた時にワイフと亡き母と散策した事など思いだして母の命日が近いせいかセンチメンタルになってしまったりと・・。

ベビーカーを押して楽しげに歩いた事もあったなと・・母のその時の笑顔を思いだしてホロリとなったり思い出があるのは幸せな事と思ってもいなくなると切ないです。

あの頃と変わらない風景でしたが・・隅田川の向こうに建設中の東京スカイツリーが見えたりと時の移ろいも感じました。

それにしても正月が過ぎても参拝客が多いのは、混迷極まる世相ゆえか、苦しい時の神頼み・・というか神仏の加護に縋りたいという不安の表れにも思えました・・。

子供達はハヤシライスやカツカレーに大喜びで、仲見世見物も楽しんでいて・・きっと子供のころに両親・祖母に連れられてきた私もそうだったのだろうと・・。そして長男にも味あわせたかったと・・・。

土曜日の落語に続いて江戸情緒に触れた連休となりました(*^-^)

今日の成人の日は長女と二女は予定が入り、二男とワイフと近くの商店街へ・・。

段々家族そろって出掛ける機会も子供達の成長に伴い寂しいながらも貴重な一時になっていくのでしょう・・。大切にしたいと思います(゚ー゚)

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三遊亭鳳好師匠の来訪・・京楽師匠のトリの高座。

年明けでバタバタとしていて更新が滞ってしまいました(^-^;

火曜日は三遊亭鳳好師匠がわざわざ御挨拶に来訪されました。

師匠は私が応援する三遊亭京楽の弟弟子にあたる方で落語会で二度ほど噺を楽しませていただいて、懇親会でも色々と話をさせていただき、先日は寄席の招待券まで戴きました。

やはり芸道に臨む気構えというかしっかり持たれていて、30分くらいでしたが色々と話ができて良かったです(*^-^)

師匠の名と三遊亭の紋を染め抜いた手拭にいただき感謝です(゚ー゚;

土曜日は両国亭の寄席で京楽師匠の招待を戴き噺を聴きに。

トリと言う事で紋付袴の正装で登場の師匠の演目は人情噺[文七元結い]渾身の演技で会場は笑いの中にもホロリとさせる江戸の人情あふれる世界に引き込まれていました。

寄席がハネた後で師匠が挨拶に見え、丁度いらしていた共に師匠を応援する環境落語の会の行政書士のN氏と食事に誘っていただき前座さん三人を加えて焼肉屋さんに。

前座さん達はとても気を使って肉を焼いたり飲み物の手配をしたりで・・これも修行の一つとしても大変だと・・・師匠も寄席で高座返しやめくりに木戸番と働いた若い方達に気を配り労り美味しそうに食事する彼らに色々とアドバイスをすると箸を置き師匠の話を聞く彼らの真剣な眼差しが印象的でした。

行儀作法から芸事に至るまで大変な修行を経て前座から二つ目へと昇進するのだと・・入門した全てがそうなれる訳でもなく我慢と精進を積んだ者だけが真打として極められるのでしょう。

三人の一人は四十路にてこの世界に入った方もいて・・相当の決意で飛び込んできたのだと思いました。 三人の努力が実ればと思いました。

すっかり師匠に御馳走になり楽しい一時で厳しい世界の一端にも触れて私自身、師匠や前座さんから教わった思いがした宵となりました。

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2010年1月 5日 (火)

仕事始め・・・菊池投手に教わった言葉。

今日は仕事始めで各方面へ挨拶回りへ・・。

毎年の事ながらこれって結構緊張するもの(;´Д`A ```

人との係わりの基本は仕事でなくとも挨拶なのだから失礼があってはと・・まして新年の挨拶ともなると殊更硬くなってしまうものなのです・・。

作り笑顔みえみえの通り一辺倒の挨拶しか出来ない自分に、もう少し愛想よくなにやら冗談めいた世間話でも出来ればいいのにと歯がゆくなったり(/□≦、)

愚痴っても自分は自分なのだから自らを叱咤して成長させるしかないのですが

年末年始の挨拶に限らず常々思う事ながら、今年は少しでもそんな自分を尻叩いて前に進みたいと思うのでした・・。

今年、花巻から西武に入団する菊池投手が子供新聞でチビッ子記者との対談で・・・。

[口に+を加えると(叶)という文字になるのでプラスの事を考え話すようにして・・-が加わると(吐く)という字になるのでマイナスな言葉は出さないようにしたい。]

そう豊富を語っているのを読み18歳にして何としっかりとした考えをもっているのかと彼の倍以上も生きてる自分が恥ずかしくなりました( ̄Д ̄;;

[弱音をかずに夢をえる!!]

これって実践は難しい・・特に弱音を吐かないなど聖人でもないと等と言い訳せずに家族のためにも自分のためにもそうありたいと思います。

覇気溢れる若武者から教わった素敵な言葉でした(゚▽゚*)

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二男とお散歩へ・・・。

今日で正月休みも終わり・・。

娘達は午後から友達と遊びに・・ワイフは風ぎみなので私が二男のお相手をという事で彼の大好きな電車を見せに恵比寿まで行ってきました(*^-^)

恵比寿ガーデンプレイスの一角に目の前を埼京線やら貨車に成田エキスプレスが走るのを見られるスペースがあり二男は大のお気に入りの場所です。

今日も満面の笑みで目の前を走る列車に歓声を上げていましたヘ(゚∀゚ヘ)アヒャ

二男と二人でいると凄く甘えて来てそれがまた愛おしい父親冥利です(*^-^)

プレイスタワーの展望台で眼下を走る列車を嬉しそうに見る二男に・・私はどれ程の事をしているのか?・・二男だけででなく娘二人に対しても父親としての自分を考えてしまいました(;д;)

マックでジュースにハンバガーを頬張る姿に込み上げそうになったりと・・・。

両親に長男が亡くなり身辺寂しくなってから授かっただけに愛しくもあり、四十路を過ぎての末っ子だけに・・後どれくらい親として成長を見守る事ができるのかとも来月には三歳になる無邪気な二男の笑顔に思ったり・・・。

抱っこをねだられて抱き上げるとずっしりと重くなっていて、親としての責任の重さを成長と共に益々感じた二男との散歩でした。

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2010年1月 3日 (日)

初詣。

二日は午前中は子供たちが宿題の書き初めをして、午後から出雲心友教会へ初詣に。

初詣は実に13年ぶりで、訳は父が亡くなってから信心が薄れて行かなかったのをワイフがそれで良いのかと促してくれて家族で詣でてきました。

母も父亡き後も熱心に信心していて遺言ともいえる[神様を粗末にしないで]という言葉を忘れたが如くしていた事が気にかかっていたので二男のお宮参り以来の参拝となりました。

思えば父が神様の御霊示に従って建てた家の新築途中急死してより不信感を募らせて教祖の先生にぶつかったりと母も悩ませたりで母亡きあとは此方の気分で神棚を拝んだり無視したりと・・・。

母にも大切にしていた神様を無下にした事を手を合わせてお詫びを伝えてきました・・。

教祖の先生とも色々と話せて、父に対する恨みに対しても[お父さんの気持ちを恨んではいけない・・悪いつもりでしたわけでないのだから。]と諭されて自分でも意外な位素直に聞く事もできました。 確かに父も無念だったろうし・・・。

暫くぶりに詣でてお札も数年ぶりに戴き神棚に飾り、母にも言いつけを守らなかった事を許してくれればと願いました。

その夜偶然にビートたけしさんの番組で出雲大社の事をやっていて、母が心友会で聴いたのを伝え聞いた事とかも思いだし、父が亡くなってからも神に祈ることで気持ちを奮い立たせようとしていたような気もして・・ある意味マインドコントロールかも知れませんが母は純粋に信じていたと・・。

昨日の初詣でで、母への詫びと神とのわだかまった気持ちと父への恨みが少しはほぐれたようにも感じました・・・もうすぐ母の命日・・。

両親に長男を亡くしてから正月も真から目出度いと思えない私ですが・・・子供達の為にも気持ちを整理してこれからを臨みたいと思えた初詣でした。

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2010年1月 1日 (金)

両国寄席で家族で初笑い・・。

謹んで新年のご挨拶を申し上げます。

本年も宜しくお願いいたします。

元日の今日は家族で両国亭での円楽一門の寄席に初笑いに行ってきました・・。

[江戸幸]で人情噺を楽しませていただいてます三遊亭京楽師匠も出演されお馴染みの[たらちね]を楽しませてもらい、娘たちも喜んでいましたヽ(´▽`)/

笑点でお馴染みの楽太郎師匠も出演され、会場は盛り上がり笑いに包まれて初笑いでした。

三歳の二男もいったのですが、先日は姉達の会で大人しくしていて大丈夫と思ったのでしたが・・・大晦日に夜更かしさせたせいかハイになり、ワイフが外に連れ出したりしてゆっくり楽しめずに申し訳ないやら(;´Д`A ```

それでも初めての寄席で雰囲気とテレビで人気の楽太郎師匠を生で観る事ができて少しは楽しんだようなのが救いです。

今日は同業者のTさんご夫妻も観に来られて楽しまれていてお誘いして良かったです。

このお江戸両国寄席は小さなホールで客席と高座が近い分、落語を間近で楽しめるのでお勧めです。

暗い世相ですが、[笑う門には福来る]で笑顔をもらってスタートできたので暗い性分の私ですが明るく家族と過ごしたいと思いました。

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  両国寄席 http://www.hosikikaku.co.jp/

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    三遊亭京楽師匠

        http://kyorakusan.com/

  江戸幸  http://ninjyou.com/

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