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天使になった実君。

  • 弟とおどけて・・。
    長男、実は2005年2月10日に生まれて、8月21日に突然に世を去りました・・。 何もできないパパでしたが愛と笑顔をふりまいてくれました。 感謝を込めて綴りたいと思います。

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2010年6月22日 (火)

物作りとしてのプライド。

同じ製造業のお客様から面白いお話を伺いました(*^-^)

時代劇で悪代官と商人は組んでも職人は悪とは組まないと・・。

確かに職人は最後まで抵抗して悪代官と商人に酷い目に遭っても悪に組せず、黄門様によって罰を受けるのは悪代官と商人というパターンがよく描かれています。

お客様曰く今も昔も商人(物売り)は物を作る技量もなく物事全て損得勘定しかないので力あるものに良心をかなぐり捨てても殊更取り入ろうとすると・・。

職人(物作り)は損得勘定以上に自分の技を磨き良い物を作る事を誇りにしているから技を悪に売り渡すのは死んでもしないという商人にはない純粋で気高い心意気を持っていると。

全てが当てはまる事はないにしろ職人は自分がどれだけ良い品物を作り役に立つか常に第一に考え、商人は良い品物を安く仕入れることで利益を大きく得ることを第一に考えます。

『職人は額に汗滲ませて手先に全身全霊を掛けて物を作り、商人は愛想笑いを顔に浮かべて手は揉み手で客に物を売り込む。根本的に人としての土台が違う』

いささか乱暴な理屈にも聞こえますが気持ちは痛いほどわかります。

物作りは高い仕事も安い仕事でもしっかりとした品物を供給することを常としているだけに買い手市場の勝手な論理の中で製造原価も無視されて大手商社等の物売りに指値をいれられる事の理不尽さから出た言葉と言う事なのだと。

物作り立国であるこの国なのにいつの間にか安い人件費の海外に仕事も流れて本当の物作りが衰退してしまった中で絶え凌いできただけに無理もない言葉に思えます。

物作りとして確固たるプライドがあればこそ厳しい世の中を生き抜いてきた中小町工場の人柄も技も優れた老技術者の話に考えさせられました。

『俺もアンタも物作りとして大変でも物を作って世に出すことを誇りとして仕事するしかないんだよな・・・汗水たらして物を作る事くらい貴い生業はないと忘れずにな・・。』

年輪のように皺と汗が刻まれたその笑顔に手練れの物作りのプライドを感じたのでした。

物作りが報われる昭和のような時代が再びくればと思います。

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