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天使になった実君。

  • 弟とおどけて・・。
    長男、実は2005年2月10日に生まれて、8月21日に突然に世を去りました・・。 何もできないパパでしたが愛と笑顔をふりまいてくれました。 感謝を込めて綴りたいと思います。

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2010年8月 8日 (日)

父の大陸での足跡を辿れて・・満蒙開拓団の資料展示に行って。

昨日は午後から新聞で見た、[満蒙開拓団]の資料が展示してある蒲田の区民ホールへ出掛けてきました。

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戦前父は15才で満州(現在の中国東北部)へ少年義勇軍として志願して赴き、共に志願した親友とかの地で牧場を開く夢を叶えるべく訓練に励み頑張っていたのでしたが、ソ連軍の侵攻と終戦で夢は砕かれて混乱の中を開拓団の方達と決死の逃避行の末帰国したのでした。

途中で子供を泣く泣く現地の人に託したり、銃弾に倒れたりといった戦争が生んだ悲惨な現実を幾度も目にしたと生前話は聞いていただけに、今回の催しは父の足跡に触れられる機会となったのでした。

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会場には東京の満蒙開拓団につていて様々な 資料が展示されていて、当時の満州の地図に開拓団や少年義勇軍の入植地や施設が示されていて実行委員の方が私が父から聞いていた地名に基づいて場所を丁寧に教えて下さり、父が辿った道はこうだったのかと思いを巡らせました。

会場には各テレビ局で放映された開拓団・少年義勇軍関係の映像も放映されて・映像の中の訓練に励む少年の中に父がいるようで『この中の誰かがお父さんかもね。』との係の方の言葉に涙が込み上げそうに・・。

広い大陸を港まで辿りつくまでの父から聞いていた話と委員の方の話に誤った国策で苦難を強いられた開拓団・少年義勇軍の方達の思いは如何ばかりかと当時の[ならずもの国家、大日本帝国]に怒りも込み上げました。

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日本が侵略して取り上げた土地なのに・・・入植して三年で開拓した土地は自分のものになるという、触れ込みで人々を移住させて、挙句に父達14,5才の少年まで駆りだした事はこの国の大きな罪でありると・・。

父達民間人を守らずに逃げて行った情けない関東軍の軍属には補償しても父達、開拓団には一時的な補償で済ます日本政府の対応も呆れたものです・・こんな国なら戦後に米国領になった方が良かったと思いました。

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展示を観て父の足跡に触れることは出来て、折り合い悪いまま死別した父と少しは近づいた気はしました・・。

と同時に空襲や原爆だけでなく『満蒙開拓団・少年義勇軍』も同様に取り上げて欲しいと感じました・・・自分の国に騙されて移住させられて苦難の末に大勢が命を落とした史実を風化させることなく政府は今一度取り上げて検証して欲しいと・・。

そして政府を代表して首相がお詫びのコメントを出してくれればと・・。その時ようやく私も国に対しの思いも変わると・・。

そして二度と他国を侵略したり、されたりしない戦争のない世界になればと願います。

父達のように青春期を奪われて命が危ぶまれることのないようにと・・。

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