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天使になった実君。

  • 弟とおどけて・・。
    長男、実は2005年2月10日に生まれて、8月21日に突然に世を去りました・・。 何もできないパパでしたが愛と笑顔をふりまいてくれました。 感謝を込めて綴りたいと思います。

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2010年8月10日 (火)

親友のお父様の訃報に接して・・肉親との永別。

今日、親友の森君よりお父様の訃報を聞き、彼の心中を察るに胸が痛みます。

私自身27才の時に父が急死して、36才で母が逝き一人っ子の私は育ててくれた二親と永別したのですが色々と思い起こされました。

肉親との永別・・・これは避けて通れない事なのですがそれが突然であれ覚悟する時間があっても簡単に覚悟どころか現実として受け入れるのは大変な葛藤があるものでした。子として親には長生きして自分を見守って欲しいのは当然ですが、一人っ子で甘えん坊の私は尚更でした。

父の突然の死は悲しみ以上に驚きの中で受け入れる以上に頭と心の整理もつけられないまま送り、母の余命宣告を受けた時、現実として受け止めざる得ないと呑みこもうとしても、信心深かった母だから神様が助けてくれる等と普段は形位でしか拝まない神棚に真剣に祈ったり、いざ母の臨終に際して覚悟した中であっても受け入れようと自分を説き伏せるのに苦悩しました。

二親を送り、今度は子供達に年老いて送られる筈が長男の死に直面した時は両親の時のように冷静を努めて送る事など出来ず只慟哭していました。

子を亡くしてこそ実感で思うのですが、親として子供が健康で過ごしている姿こそが大きな喜びであるのだと・・・母も病床でワイフに私の健康を心配して託したと聞き涙しましたが、自分の身体が如何に辛くとも子供の健康を一番に考えるものだと・・。

子は親が年老いても元気で居てくれるだけで安堵感があり、大人となり自立しているつもりでも親の掌からは精神的にでられず、甘えていたと二親に逝かれてツクヅク思います。

幾つであろうと子は子供であり何処かで甘えて、親はそんな子を愛しみ守ろうとしてくれる・・。

その親が彼岸へ旅立った時・・覚悟しようとしまいと無常な孤独感に苛まれて色々と思うもの・・大人だからとそんな感情を押し殺して女房・子の手前、私も冷静を装いましたがある弔問客の方に[親が亡くなったんだから泣いてもいいんだよ!]と言われて泣いたと・・。

父とは折り合いが悪いまま永別して今も蟠りが残っていますが・・自分も歳をとったのか少し気持ちが近づいたような・・・・幽冥堺を異にしても親子の繋がりは絶てるものでも消えるものでもないのだと思いました。それが絆なのでしょう。

兄弟のように青春期を共に歩んだ親友の胸中いかばかりかと・・・我慢強く頑張り屋だけに思います。

どんなに辛いことかと・・・私は何もできず慰めになるかわからないけど・・。

子供の頃父親の頼もしい腕に抱かれた時の温もり・・・年老いて病で気弱になった親の手を逞しく育てもらったその掌で包んだ時の温もり・・・どちらの温もりもずっと消えることなく心に残っていくものだと・・・。

心よりご冥福をお祈りしたいと思います。    合掌

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コメント

君の受けた悲しみに比べれば、僕の悲しみなど大したことではないですね。

とは思ってみるものの、やっぱり寂しいものだね。weep

父は、平均寿命より長生きしたので、幸せだったと思います。

優しい思いやりの気持ちに、感謝です!!!
本当にありがとう!!!!confidentpaper

ホントに悲しいよね・・・。
葬儀の手配や色々と大変だけど無理しないでね。

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