無料ブログはココログ
フォト

天使になった実君。

  • 弟とおどけて・・。
    長男、実は2005年2月10日に生まれて、8月21日に突然に世を去りました・・。 何もできないパパでしたが愛と笑顔をふりまいてくれました。 感謝を込めて綴りたいと思います。

« 母の祥月命日・・。 | トップページ | ゴム印の版下製作の今昔~活字を組む[活版] »

2011年1月19日 (水)

死ぬと言う事・・・・。

先日は母の命日で・・そして昨日は亡き伯父の夢を見て亡くなって6年になると思っていたら[死]というものについてふと考えてしまいました。

泣こうが覚悟しようが確実に誰もが死ぬわけで決して逃げ切れない運命であることは皆承知の上で日々生きてるわけです。

私自身、二親に長男までも送り、身内の死を経験して送る側としては現実として悲しみの中で受け入れなければならない苦しみも味わい、今も現実としては受け入れていても気持ちの上では受け入れ難いのが偽らざる気持ちです。

それには新築間際に父が突然に亡くなった事と遺された重荷に苦労しながら母が亡くなり二人とも働きづめで孫に囲まれた穏やかな老後も天から与えられなかったという事が一番で、これが孫の成長を楽しみ長生きしてからなら[良い人生を送れたのだから・・。]と違った受け入れ方も出来たのではと考えます。

長男の死に関しては未だに受け入れ難いどころか親としての己の不徳が因と申し訳ない気持ちが大きく早く会いたいという気持ちが本音でもあります。

今度は自分が死ぬ側としての受け止め方は・・・・これはその時が来ない限り何とも分からない事でしょう。その人それぞれの生き様があるのですから。

ただ私は死ぬ事は正直怖いとも思いますが、子供達を育て上げてさえしてからなら長男の元へ帰れるのだと思えば一つの目標点とも思えるのです。

そしてずっーと子供達を千の風になって長男と母と見守れればと。

死後の世界とかテレビや本で取り上げられはしても実際は死んでみないと分からないですが・・それが話題になったり取り上げられる背景は死に対する恐れと共に亡き親しき人が何処へいるのかまた逢えるのかという追慕の念からのもののようにも思えます。

死ぬ事ばかり書きましたが、これから残された時間を前向きに大切に生きて人生を使い切れば笑って受け入れられるのかと(゚ー゚)

1243979003

« 母の祥月命日・・。 | トップページ | ゴム印の版下製作の今昔~活字を組む[活版] »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1091808/38526524

この記事へのトラックバック一覧です: 死ぬと言う事・・・・。:

« 母の祥月命日・・。 | トップページ | ゴム印の版下製作の今昔~活字を組む[活版] »

最近のトラックバック

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31