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天使になった実君。

  • 弟とおどけて・・。
    長男、実は2005年2月10日に生まれて、8月21日に突然に世を去りました・・。 何もできないパパでしたが愛と笑顔をふりまいてくれました。 感謝を込めて綴りたいと思います。

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2011年1月17日 (月)

母の祥月命日・・。

土曜日は母が逝ってから11年目の命日を静かに家で過ごしました。

お墓参りしたかったのですが母と長男の墓は関東某所の山の上の霊園にあり冬場はとても寒いので子供達の健康を考え家で家族で冥福を祈る事で勘弁してもらいました。

優しかった母なのでそれで許してもらえればと。

穏やかな老後を送る事もなく家業に翻弄された晩年を思うと息子としての不甲斐なさと運命の酷さに悲しくなってしまいます(ノ_-。)

昭和の初期の貧しい時代に生れて若いころから働きずめの一生で何が報われたかと・・母はゴム印屋での数少ない女性の職人だったと当時を知る人から聞きました。

父も職場で母から活字の組み方を習ったと言ってました・・・それが縁で父と所帯を持ったのがある意味苦労の始まりでもあったと・・・何しろ大陸からの引き揚げ者でヤクザ上がりで酒飲みの上にその亭主には二親と兄弟がふせらさがっていたのですから(;д;)

母自身も母親と兄弟を養っていて・・弟を大学に通わせるのに兄と共に援助してそれで婚期が遅れたと聞かされたものです。

その弟はお陰で大学をでて教職に就き後の皇太子妃雅子さまのクラスの担任を務めるまでなったのですが名門校の理事にまでなった事でお高くなってしまって・・母も[努力の弟だったけどあんなお高く冷ややかになるとは・・。]と憤ってました。

[人間上手くいったからと傲慢になったらどんなに立派に見えても小さな人間でしかない。]

と母も言ってただけに自分の身内が道を踏み外したのは悲しかったようです。

私は偉ぶれるだけ功を成していなければ社会的にも市井の大勢に埋もれている一市民なのでお高くもなれませんが母の生き様を見ていてそれで充分だと父のように分に過ぎた野心など持とうとは思いません。

私自身も母に苦労を掛けただけに真っ当に暮らせればと・・。

[好きな道に進ませてあげられず悪い事したね・・・けどお父さんを恨まないで上げて。]

そんな母の言葉や初孫である長女と過ごす笑顔の母を思い浮かべては込み上げる命日でした(;ω;)

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