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天使になった実君。

  • 弟とおどけて・・。
    長男、実は2005年2月10日に生まれて、8月21日に突然に世を去りました・・。 何もできないパパでしたが愛と笑顔をふりまいてくれました。 感謝を込めて綴りたいと思います。

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2011年3月

2011年3月31日 (木)

保育園の年度末・・ありがとう・・そしてお別れの夕方。

今日は年度末で保育園の年長クラスは本当の卒園の日です。

生憎二男は腹具合が悪く休んだのでしたが、欠席の電話を入れると異動が決まった担任の先生の一人から挨拶を受けて・・先生には二女もお世話になったのでワイフが夕方挨拶に行って来ました。

二女の保育園の最後のお迎えの日を思いだします。

異動する先生の教え子の小学生も来ていて賑やかで、先生にお礼の挨拶をして帰る時に目頭に涙を浮かべてギュッと二女をハグしてくれた先生の愛情に涙がでたものでした。

お迎えのお母さんと先生が涙ながらに別れを惜しんでいたりといつもと違う夕方の光景。

朝から晩まで下の世話から食事と一日中一人ひとりの健康に注意して気配りしてくれるのですから0歳児からだと6年間ですから先生はつれあい以上に育児のパートナー的存在だと働くお母さんは感じるようです。

生きていれば長男もお世話になって、今日保育園の巣立ちを迎えたと・・埒もないのですがついつい思ってしまいました。

今お世話になっている二男も明日から進級して年中クラスに・・末っ子で甘えん坊ですが逞しくまた1年を過ごして欲しいと・・。

年長組のお兄ちゃん、お姉ちゃんおめでとうございます。楽しい小学校生活を送れますように。(*^-^)

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助け合いの現場で・・。倒れた他人を協力して介抱する姿に。

今朝、開店しようするとインターホーンで人が倒れていると・・驚いて出てみると女の人が玄関反対側の路肩に倒れていて女性二人が介抱しています。

いつも我が家に荷物の受け取りや届けに来てくれる宅配便の方が発見して通行中の女性二人と介抱してるようでした。

そして携帯より固定電話の方が繋がりやすいという宅配便の方の的確な判断でウチから電話という事で電話口では倒れた時の状況を冷静に話したり、場所を聞きとり素早く身うちの方を呼んでくれたりテキパキした対応でした。

女性二人も持っていた薬の医院に電話で対処を訊いたり羽織り物を掛けてあげたりと・・ワイフも工場の座布団を敷いたりとウィンドブレーカーを掛けてあげたりして協力して救急車の到着を待って幸に女性は意識もハッキリしていて救急隊員の呼びかけにも応じていて良かったです。

宅配便の方も配達を中断して最後まで女性二人も色々と救急隊に委ねるまで介抱して少しだけ協力したのでしたが、震災で助け合う意識が強くなったとしたら良いことだと。

朝の通勤時間帯で忙しい一時に誰かがいるから私はもう・・でなく協力し介抱に当たるのは共助精神の表れだとしたらこの先も皆で協力しての気持ちは大切に培えば良い世の中になると思った出来事でした。

いつも感じのよい宅配便のお兄さん、先頭に立って冷静な対応は頼もしかったです。

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ラルフローレンのグレンチェック・スーツ。ワイフとの出会いの一着。

未曾有の震災の最中にオシャレとか自粛ムードの中不謹慎といわれそうですが、少し気分を変える意味でも今日はワイフとの出会いに関わるファッションのお話です。

私とワイフはお見合いで結婚したのですが・・その時に着ていったスーツが『ラルフ・ローレン』のグレンチェックのダブルのスーツでした。

ワイフも当日はグレーのワンピース姿でしたのでお互いの色合いも丁度良く、そのせいかどうか判りませんがフランクに話できたと思います。

このスーツは初めてワイフのご両親に挨拶に伺う際も着ていき、服飾専門学校でデザインを学んだワイフの母親から良いセンスと言われ思い出の服でもあります(*^-^)

それから十数年の月日が経ちましたが、このスーツは縁結びのラッキースーツとして大切に着ています。

スーツはラルフローレンのパターンオーダーで仕立てたポロ・ダブルと言われるモデルです。シャツはJプレスの白とブルーのクレリックのワイドカラーシャツにラルフローレンのペイズリーのプリントタイを締めてトラディショナルに装いました。

写真の靴はブラウン・スゥェードのギリーですが、ワイフと見合いの時と両親への挨拶時は黒のキャップ・トゥで引き締めていたと思います。ネクタイとシャツは同じだったと思います。

ブランドには拘らないのですがポロ・ラルフローレンはクラシカルなスーツスタイルと健康的なカジュアルスタイルは私の手放せないアイテムとして大切に着ています。

スーツ一着にも思い出があるものです。

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2011年3月30日 (水)

桜の季節・・。

今日、納品へ行く道で川沿いの桜並木を歩いていると、チラホラ花を咲かせていました。

この春は東日本大地震で多くの方が亡くなり、被災された方はどんな思いで桜を見るのかと思うと胸が詰まります・・。

父を亡くした翌春の桜は拒否し続けた跡取りから逃れられなくなり仕事を覚えるのに慌ただしくて見たのかどうか覚えてません・・・。

父といえば供養を放棄して父の分骨を叔父に託して、若かりし頃の希望通りに海外に渡れるようにと海に葬り、父と決別したのも季節でした。

母を亡くした年の桜は・・・前年の春に初孫である長女と楽しげに桜並木を歩いた時の母の笑顔が思い起こされて悲しくみていました・・。

長男を亡くした翌春は散る桜に6ヶ月で天に召された長男のように思えたりと・・。

桜が咲くと新しい年度もはじまり・・新学期で真新しいランドセルに黄色い帽子の一年生が可愛い季節です。

亡き長男も育っていれば新一年生・・・重ね合わせれば辛いのが本音ですが今年はPTAの学年部の一員として迎え、安全に楽しい学校生活を過ごせるお手伝いの末端を担えれば長男への供養と思い引き受けたのですが・・・長男を死なせてしまった罪は拭えないと。

それだけに被災されて親や子・・お身内を亡くされ悲しみに暮れ自身を責める映像をみると心中察するに余りあります。

[日本の復興]と言いますが災害を政治利用するようにも聞こえて・・国家なんかよりも被災地と被災者の生活の復興が優先だと思うのですが。

悲しい思いで眺めてきたのが多い桜ですが・・二男が生まれてから子供達の明るい声と笑顔で少しは楽しめるようになったと思います。

被災者の方達が1日も早く辛い思いから新たな生活を手に入れていつの日か笑顔で花を愛でられますよう桜の花に祈りたい今年の桜の季節です。

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2011年3月27日 (日)

娘達の通知表・・通信欄に成績以上の喜び。

娘達は春休みに入り長女は中学二年に、二女は小学4年に新学期になると進級します。

通知表を家族で見ながら娘達は春からはこう頑張りたいとか反省や豊富を語ってました。

二女の担任の先生からの通信欄の中に[友達が困っていると優しく声をかけていた・・。]というような評価をみて成績が云々より嬉しく感じました。

自分がイジメに遭い苦しんだので、イジメられて苦しみは味あわせたくないという思いと、それ以上に意地悪な事はしないでとの思いが強かっただけに優しい気持ちを人に向けられる娘に育ってくれてと胸が熱くなりました。

まして今、未曾有の災害で多くの方が苦しい思いをされているだけに自分さえ良ければ・・・でなく他人を思いやり自分の出来る範囲で力を寄せ合う事が大切なだけに今の気持ちを大切に成長してほしいと思います(゚m゚*)

[優秀な人より温かみのある人になってほしい。]

子供達にはこれからも人として忘れてはならない大切なものを培って人間性豊かに伸びてくれればと思います。

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年度末の追い込み・・今週も休日操業です。

三月も残すところ数日・・。

仕事も年度内に納める仕事が集中して、地震で停滞した事もあり慌ただしくなりこの週末も土日とも仕事でした。

我々手職にとっては物を作ってナンボなので本当に有難く思います。

今年の年度末は新規の御注文も頂く事が出来たので、新年度も継続して営業活動にも身を入れて臨み少しでもご新規様獲得も貪欲に取り組み、お得意様にも良い品物を届けしてこの苦しい時代を乗り切りたいものです。

先週と今週末は子供達とゆっくりという訳にはいきませんでしたが・・。

被災者の方達を思えば贅沢は言えず、同業者でも被災されて私の工場と同じ2tプレス機が地震で倒れてしまったり、工場が操業不能になっている業者さんを思うと仕事させてもらえる事自体感謝しないとと思いました。

お陰さまで創業50年!!

(有)清山堂製印所

☎03-3712-9142   FAX03-3791-7769

seizando@qxwx.ftbb.net

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2011年3月24日 (木)

夢を諦めずに・・被災地の子供達に希望の灯りが燈るように願い。

今度の震災で多くの方が犠牲となり、多くの被災者が家族や友人を突然にして失いました。

自らも被災して肉親の安否不明の中で避難所で献身的に働く高校生・・。

避難所で迎えた卒業式で証書を受け取る子供達。

そんな健気な姿に涙がこぼれてしまいます。

人の親として思うのは家や家族を失い・・その事で思い描いていた将来の夢を諦める事のないように傷つき、大きな悲しみを背負って生きる子供達に一筋でも希望の灯りが燈るようにサポートする体制が出来ればと思います・・。

子供は次の時代の担い手です。

公も民間もなく皆で支えて子供達一人ひとりが夢に向かって歩んでほしい・・・。

親という最大の支えを失い途方に暮れる子供達が笑顔を取り戻して夢を描いてその夢に向かって胸張って進めること・・・子供達の悲しみからの復興をと・・・・。

そう言っておきながら私は何も出来ずに歯がゆいのですが、日々の働きでほんの少しでもお役立てさせてもらえればと・・。

被災地の子供達の健気な姿に亡くなった仲間達の分まで将来の夢を叶えられれば思うのでした。

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2011年3月22日 (火)

ガソリンをようやく給油しました。

今日、ようやく並ばずにガソリンを給油出来ました・・。

震災後に長蛇の車の列が先週まで続いてましたが今朝はようやく落ち着いたようです。

給油は暫くぶりでしたが資源の大切さも感じて、本当に必要としている被災地に燃料が行き届くように自己中に走らないように慎みたいと思いました。

震災後は車は極力使わずに自転車で少し遠方まで納品していましたが、今回の事でどれ程贅沢していたかと反省です。

自転車は乗り慣れないせいか気持ちいい位バンバン追いぬかれながら走りましたが、少し慣れてきたのでささやかでも協力にも繋がるなら続けようと思いました。

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2011年3月21日 (月)

休日操業。

今日は朝から、ワイフと仕事でした。

震災以降、様々な影響もあり仕事が滞ったりとしたので年度内に納める仕事を間に合わせて次に繋げるべく集中してゴムを焼き、ワイフは台付けに必死でした。

娘二人が弟の面倒を見てくれた上に買い物に昼ごはんも作ってくれて大助かりです。

燃料不足で節電を心掛けていて普段より材料調達もと滞ったりしても、仕事を頂いている以上はお客様のニーズに間に合わせてこそなので焦ります。

材料をまたFAXで頼んだのですが、地震の影響で流通も数日遅れとなっていていつも通りスグに届けてもらえるかは不透明です( ̄Д ̄;;

明日はどてだけ調達が間に合うか・・・。

仕事どころか今日食べる食料に寝る場所も不自由している被災者の方の事を思うと 全てが贅沢なのですから、しっかりと日々過ごしたいものです。

先日の業界の会合でかなりの数の印章業者が被災して連絡もつかない事業所もあるという話を聞き尚更気を引き締めたいと思いながらの仕事でした。

(有)清山堂製印所

☎03-3712-9142  FAX03-3791-7769

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Gomin

2011年3月20日 (日)

お米と牛乳がようやく手に入って・・有難味を感じます。

震災の影響は色々と出て昨日も昼は仕事して、夜は業界の会議で出掛けたらいつもは明るい駅への商店街のアーケードも節電でうす暗くなってました。

こんな時なので皆、真っ直ぐ帰宅したのでしたが何か凄く疲れてしまいました。

お彼岸という事で近くのスーパーでお萩を買い供えて、帰宅後に夕食を頂き風呂上りに家族でお下がりを頂いたら喜んで食べる子供達の姿に・・被災地の子供達にもお菓子どころか暖かい御飯が食べられればと・・申し訳なくも思えました。

今朝も背中が痛くて・・それでも不自由な避難生活を送る被災者の方々を思えば家で寝起き出来る事自体贅沢なのですから。

トーストの朝食後に長女とスーパーへ買い出しに行くと・・牛乳がありました!!

いつもより高かったのでしたが一本買いました。やはりお米はなかったのですが・・・買い忘れたパンを買いに戻った長女がお米が入荷したとの話に・・・買いに行くとありました!!

一人一袋までという事で10㌔のお米を買って帰ったのでしたが、ようやく手に入っただけに有難みが感じます。

買い占めでガランとしたお米売り場に久々に並んだお米・・・もう自分さえよければという買占めは謹んで共助精神で被災地に少しでも物資が行きわたればと。

未曾有の災害に見舞われましたが虚像の繁栄が崩れて経済的にも精神的にも自分大事の貧しい小国に落ちぶれて忘れてしまった日本人本来の思いやりの気持ちや心遣いを今こそ思い起こす時だと感じます。

お互い様の気持ちで助け合う事で・・気持ちを前向きにして復興への足がかりとなればと。

2011年3月18日 (金)

被災地から無事を知らせるメール。

震災から一週間が経ち、被災地の報道に接するたびに被害の大きさに絶句して・・時には涙が込み上げて来ます。

今日、被災地に住むワイフの友人から無事を知らせるメールが届き地震発生から連絡が取れず身を案じていただけに安堵の涙を流すワイフに私まで泣けてしまいました。

多くの尊い命が失われ、大勢の方が不明となっています。

私自身何が出来るわけでなく歯がゆいばかりですがせめて気持ちは寄り添いたいと。

長女の通う中学校で生徒会が立ち上がり募金が呼びかけられて、娘と私達もささやかな協力をさせていただきました。

一人ひとりの優しさがやがて大きな力となり、傷ついた被災者の方達に必ず役立って街も心も復興へ進んで行く事を祈ります。

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2011年3月15日 (火)

節電・・。

東日本大震災による原発事故で東電も電力確保の為に計画停電に踏み切りました。

今日もホームページで確認したら細かな時間まではつかめずに・・結局停電は中止となったようですがゴム印を焼くのにプレス機や露光機も電力が必要な物ばかりなので正直言ってハラハラなのですが自分達だけでなくどの事業も家庭も条件は同じなのですから、しっかりとやり繰りして極力納期に影響ないようにと思います。

工場でも必要ない電灯を消してるのは今までと変わりないのですが店舗の電灯を点けずにして、機械類の操業も今まで以上に無駄に電力を使わないように工夫して、暖房はつけずに厚着しての仕事です。

それでも被災地は東北に茨城県北と寒い地方ですから被災者の辛さを思えば贅沢すぎると申し訳なくも思います。

工場の外に設置されている飲料の自販機の会社に電話して電灯とイルもネーションも消してもらいました。

こんな事位では充分でないのですが、長風呂や夜更かしを控えるようにして子供達にも伝え暮らさないと。

原発の事故による健康被害も心配されるだけに不安ばかり先に立ちますが・・こんな時だからこそ小さなことでも協力しあえればと・・。

明日から被災地は寒くなるとか・・・被災者の方々が少しでも寒さを凌げる暖かな環境で健康を害さないようにと祈るだけです・・。

2011年3月14日 (月)

東北関東大震災。

金曜日に起きた東北関東大震災・・・日を追うごとに被害の甚大さが明らかになり、何とも言いようもありません。

あの時、車で走行中にふっと揺れを感じたと思ったら大きく揺さぶられて急に止まる訳もゆかずハンドルを抑えながら暫く走り路肩に停車したのでしたが激しい揺れが暫く続き、電柱・電線や街灯はおろか大きな建物も揺れていて、中からは人が飛び出してくるはで怖かったです。

震源から離れていてもあれだけ揺れたのだから被災地の激震を思うと言葉になりません。

地震にとどまらず逃げる間もなく津波に襲われ、多くの尊い命が失われ多くの方が家のみでなく、肉親や友人まで波にさらわれ、余震も続く中で不自由な避難生活を送る心中は如何ばかりかと・・。

郷里が被災して肉親や友人の安否を気遣う方も多いと・・ワイフも被災地に住む友人の一人と連絡がとれずとても案じています。

未曾有の災害を目の当たりにして救助が進むのを祈るばかりで何も出来ないのが歯がゆくも思えます。

母の名を泣きながら叫ぶ少女や幼い我が子の消息を探す若い御夫婦の姿が頭から離れません。

一人でも多くの人命が救われますよう、多くの家族が再び逢えますように。

2011年3月11日 (金)

坂上二郎さんの訃報に・・家族で楽しんだコント55号。

コント55号として一世を風靡した坂上二郎さんの訃報に懐かしい映像をみながら涙がながれました・・。

子供の頃、家族で団らんといえばドリフターズとコント55号だったという位に両親と祖母と楽しんでいたのをハッキリ覚えています。

皆んな一緒にテレビを観ながら笑っていて家族で幸せのひと時だっと思いだします。

ジローさんはその後も[夜明けの刑事]での刑事役も人情味溢れる良き人柄を生かした名演技も記憶にあります。

やはり喜劇人としてコント55号での身体を張った欽ちゃんとのコントで[なんでそうなるの!!]はとても楽しみにしていて早くご飯を食べて家族で心待ちにしていました。

欽ちゃんの涙を堪えながらの哀悼のコメントを聞きながら、家族で笑った一時代がまた遠のいて行った寂しさを感じたましたが、私だけでなくテレビの黄金期とも言える昭和の家族の団欒を懐かしみながら惜しむ方も多いように思います。

あの人懐こい笑顔と[飛びます、飛びます!]のギャグに[晴~れた空♪]とコントで歌われた歌声・・・。

昭和を彩った喜劇人、ジローさんの御冥福をお祈りします。     合掌

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2011年3月10日 (木)

ゴム印制作現場より~ゴム印の裁断作業。

三月に入り、新学期を控えて氏名印のオーダーを頂きました。営業の成果でご新規様からも頂けてお陰様で少しづつ活気づいています。

焼き上がった一枚のゴム印を裁断するのも神経を使います。印面を誤って切らないように慎重に裁断機でカットするで、氏名印のように数が多い時は集中力が必要です。

小さい字の場合は歯に指が近づくので私も以前この裁断機で指を切った事も・・・。

それでもハサミで裁断するより真っ直ぐに切れるのでコレが一番ベストなのです。

綺麗に出来てこその商品なのでいびつにならぬように大きさがそろうように手抜かりなく安全に気を付けての作業です。

☆裁断機です。白い布が巻いてある部分がハンドルです。その下が歯になっていてゴムを裁断します。

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☆板の上に焼き上がり険品したゴム版を乗せて印面と印面の隙間(一歯・・刃一枚分の隙間)に刃を合わせてハンドルを下ろして切ります。

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☆ライトを当てて影にならないように手元を照らして印字面を切らないように気を付けて裁断していきます。

簡単そうですが目と神経を集中してハンドルを下ろすタイミングと力具合もマッチしてスパッと切れるので結構技術を要します。

隣のボール箱に丁寧に並べるのは裁断の後にキチンと険品できるようにです。

誤って印字部を切った場合はその場でチェックして焼き直します。裁断後も一つ一つあらためて字が切られてないか検品を再びして数合わせして漏れがないか確認します。

そしてようやくゴム印面として次の加工に進めるのです。慎重かつ安全に良い品物をお客様にお届けできるように一つ一つ丁寧に作業しています。

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お陰さまで創業50周年。

一つ一つ真心こめて良い物を工場からお客様へお届けします。

(有)清山堂製印所

☎03-3712-9142  FAX03-3791-7769

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※量の多少に関わらず御遠慮なく御注文いただけましたら幸いです。

※まずはお気軽に御連絡下さい。

2011年3月 8日 (火)

中学校の作品展示会。

今日の昼休みに長女の通う中学で行なわれている[ひばり祭]の作品展示を観て来ました。

美術部に属してる長女の描いた油絵をみながらフッと子供の頃から絵が好きで色々と描いてたのがここまで描けるようになったと思いが込み上げました。

長女に限らずどのお子さんの作品も中学生になると流石に違うものだと。

感性は育っていてもまだ13歳・・・楽しい事だけでなく思いがけないところで打ちのめされたりしてへこむ事もあると思いますが、そんな時はへこんでも次へのステップになればと。

親として長い目で見守り、時には少し後押ししようと思います。

私も三年間過ごした母校の校舎で子供達の作品を見ながら難しい年頃と言われる我が子としっかりと向き合いたいと思ったのでした。

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2011年3月 6日 (日)

家族で春の陽を浴びた日曜日。

今日は昼前に西郷山公園に家族で出掛けました。

園内の梅に河津桜も見事で春を感じさせてくれました。高台の公園からは遠くに富士さんの頂きも見えて子供達も大喜びですヽ(´▽`)/

大型スーパーで学用品に子供の春物衣料を買って、サイ○○アでランチしてのんびりと過ごした春の一時。

こうして家族で揃って過ごせるのが一番の楽しみであり、和みの時だと感じます。

家族あっての自分であり、家業に縛られて自我が認められない特殊な家庭に育っただけに、普通の家庭として過ごすのが夢だっただけに、親と子として夫婦として跡取りとか家業は抜きにした柵も何もない家族が一番です。

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2011年3月 4日 (金)

私のプロポーズ大作戦!!②。

何か書きながら懐かしい思いとあの頃は若かったというか・・今日の第二弾は。

雪まつりから彼女が戻る日はやはり落ち着きませんでした・・・そして夕方近くに電話が。

返事はOK!!逢ってくれるという事でしたヽ(´▽`)/

でも喜ぶのは早いと・・・緊張しながら待ち合わせの喫茶店に行くと本を読みながら待っててくれて笑顔で私を迎えてくれて、それから旅行の様子などを話してくれたのでした。

そして帰りの電車の時間もあるので地下鉄で浅草まで行く事に・・車中で私にお土産があると取り出してくれたのはバレンタインの飾り付きの札幌で人気のミルクチョコレートとお財布を手渡された時は凄く嬉しかったです。

なぜってチョコにメッセージカードが添えられていて中身は[私にだけ贈ります]っていう意味の言葉だったので・・それも恥ずかしそうに下向いて渡されたのですから(*゚ー゚*)

浅草のアサヒビール本社のレストランで食事の時は家族の事とか家庭感とか結婚に向けた話に自然になっていたと記憶しています。

電車の時間ギリギリくらいになって慌ててタクシーで上野まで行く時には自然と手をつないでました。

ホームで電車に乗る彼女と[真剣に付き合いたい]と伝えると笑って頷いた後に目頭を押さえるような仕草をされて・・後で聞いたら帰るのが寂しかったのは嘘でないけどコンタクトがズレそうだったと(・_・)エッ...

そして次のデートの約束もしないうちにベルが鳴り・・・無情にもドアが閉まり、お互い笑顔で手を振るのてしたが凄く寂しく、不安もあったのでした。

彼女からのチョコレートはパウダーが振りかけてある本格的なスィーツでとろけるような食感でしたがチョコ以上に二つ折りの茶色の財布と添えられた手書きメッセージを見てスグにでも逢いたい気持ちでした。

翌朝に私の携帯に電話があり、[自分も真剣]と言われた時は天にも昇る気持ちに・・・そして次の週末のデートで我が家に来る事になったのでした。

元々フランクな性分の彼女は母に逢って話ししたいというのです。そして自分を受け入れてくれるのかが心配だと・・。

母に話すと驚きながらも進展が早いので驚きながらも[良い御縁にしないとね]と・・。

そして翌週末になり・・駅で彼女を迎え車で我が家へ雪がちらつく日でした。

母との対面は次の機会に。

*浅草は吾妻橋近くのアサヒビール本社で屋上に金色の巨大なオブジェがあり隅田川沿いにひと際目だっていて今は後ろに東京スカイツリーがそびえてます。

別の何かを想像する方も多いようですがビールのホップだとの事です。

このビルのレストランで色々と話して伴侶として歩みたいとお互いに意識した思い出の地という以上に気持ちが結びついた場所なのです。

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ひな祭りのシュークリーム。

昨日はひな祭り。

我が家では、義母が作ってくれた紙雛を飾ります。

オンリーワンの手造りの温もりのある紙雛に見守られて迎えたひな祭り。

上の娘は中学生となり美術部で好きな絵を描いていて、小学生の二女は毎日放課後広場で友達と楽しく夕方まで遊んでくる位二人とも学校生活を楽しく過ごしています。

我が家では御馳走をこさえたりとか特別な事はしないのですが私は子供達が喜ぶのでスゥイーツを買ってくるようにしています。

去年は??覚えてないのですが今年はシュークリームを買って来て風呂上りに家族で頂きました(*^-^)

プチ贅沢というか子供達が喜んで食べる姿を見ていると父親として幸せな気持ちと家族に対してどれだけの事をしているのかと切なくもなるのですが・・。

子供達には真っ直ぐな気持ちで自分の世界を切り拓いてほしいと、跡取りとして自由な道が閉ざされた[檻の中]のような特殊な家庭で育った私として自分に許されなかった自由を謳歌させたいと、女の子の健やかな成長を祈るひな祭りに思い願うのでした。

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2011年3月 3日 (木)

ママさん気を付けてね。子供は急には止まれません!!

今日車で移動中に国道から路地に左折しようと路肩に寄ると5才くらいの男の子が歩道を走っているので注意して路地への進入せずに動きに注視していると此方を見て横断するようなしないような仕草なので車を動かせずにいると・・渡ろうとしたり足を引っこめたりしている。

別に悪戯してるつもりもない子供にありがちな動きで、下手に車を進めては飛び出された時に危険なので後続車の邪魔にもなってないので待つ事に・・。

子供は仕方ない・・問題なのは後ろから来た母親でベビーカーを押しながらゆっくり歩いてきて顔をしかめて子供に怒鳴っている。

そして此方に会釈する訳でもなく怪訝そうに見て来て子供に追いつき平然とゆっくり渡って行きました(゚ー゚;

ベビーカーを押しながら小さなお子さんを連れて歩く大変さは私も経験してわかりますが、子供が走り出したのに平然としているのは如何かと??

私が停車しているので安心したのかも知れませんが、子供の動きは予測できないのと同じに車だって動くかもしれないと考えてないのかと。

私はベビーカーのハンドルに必ず手を添えるように上の子に言い含めて並んで歩くようにしていたのでしたが、興味あるものを見たりして駆けだして慌てた事も幾度もありました。

身体の都合で反応できないように見えず、スマートにベビーカーを押しながら洒落た身なりで歩いてたのだから正直呆れました( ̄Д ̄;;

子供は急には止まれないのですから・・私が神経質と言われればそうですが子供を亡くしてから殊更注意深くなっただけに子供さんが気の毒に思えました。

しっかりと子供の安全を考えてほしいです。

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2011年3月 1日 (火)

年度末に入って・・氏名印のオーダー頂きました。

今日から三月、今年度も年度末です。

今日は氏名印のオーダーをご新規様の某学校様より頂く事ができ・感謝ですm(_ _)m

新規獲得の為の営業活動が実ると嬉しいと同時に緊張しますね。

学校様の氏名印は作るときにはお子さんが楽しく学校生活を送れますようにと、企業・団体様の場合は充実した社会人生活となりますようにと願いを込めて作らせて頂いています。

名前には付けてくれた親御さんの思いが込められているので、その思いの込められた名前の印影が綺麗に押されるように心掛けてゴムを焼いて、しっかり険品をして納めたいと思います。

亡き長男も生きていれば一年生・・・・この春に学校生活の第一歩を歩み出す新一年生が健康で育ってほしいと思います(゚ー゚)

そんな思いも込めてお届けすべく努めようと思います(゚m゚*)

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お陰さまで創業50年。

ハンコの事なら安心してお任せ下さい。作り手がお届けします。

(有)清山堂製印所

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パパ仲間の区議の活動報告会へ。

昨夜は子供の同級生の父親でパパ仲間の区議の活動報告会へ行って来ました。

彼は4年前の区議選に打って出て当選して、今は会派の幹事長を務めていますが、今年の選挙は折からの逆風をまともに受けて苦戦がよそうされるという事を本人も、応援に来た都議も言ってました。

彼とは長女が学童の時に父母のリーダーとして行政改革で学童の指導員を減らしたり保育を有料にする策を出したのに対して学童の環境を守ろうと父母の先頭に立って行政側と折衝するバイタリティーを持っていて、その後PTA会長も務めて区議になった経緯を知るだけに4年でどれだけの活動したの知りたいとも思いました。

議員は高学歴であれ試験でなれるわけでなく支持されて初めて立候補して支持を広げて成就なのだから、彼は行政と父母が対峙する問題の時だったのと民主党が勢いを増した時だったので時代にも味方されて運も強い星の元に生れた男と感じました。

彼の4年間は親の観点から子育て支援政策を重点に活動して成果もあげているようでしたが、学童時代の親仲間の支援者にウェイトを置いたせいで、地域に対して手薄だったのか本人も気にしているようで、今後は子育て政策だけでなく地域に目配りして溶け込んだ活動を心掛けたいとアピールしていました。

2期目の挑戦は民主逆風で大変そうですが会場のメンバーは大半が私も知る父母仲間でしたが地域の方もいらしていて父母以外の地域に対しての取り込みに力を入れているのが感じ取れました。

確かに親として子育てする上で、行政と話すには親の代表を議会に送りだして直接、声を届けてもらうという意味では良かったでしょうが、期待に応えようと親同士の係わりにウェイトを置きすぎて次の選挙の見据えて地域への地固めが充分でなかった分を2か月でどう取り付けられるかでしょう。

選挙の事ばかり考えてあっちこっちと顔売りに必死の八方美人の政治屋よりは一途に子育て支援に取り組んで来たのは政治屋としては不器用でも親の代表としての職責は果たしていると感じます。

私は後援会に入る事もなく支援したわけでもないのでしたが親仲間の支援活動だけで議席を勝ち取ったように、こうした草の根運動から地方も国会も送りだされる政治屋も必要とて言う事は思いました。

今度は前回と違い逆風の中で・・強運の持ち主だけに踏ん張れればと。

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