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天使になった実君。

  • 弟とおどけて・・。
    長男、実は2005年2月10日に生まれて、8月21日に突然に世を去りました・・。 何もできないパパでしたが愛と笑顔をふりまいてくれました。 感謝を込めて綴りたいと思います。

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2011年8月21日 (日)

宮城へ家族旅行①『松島で地震が津波注意報が発令』

金曜・土曜と家族で宮城県を旅してきました。

目的はワイフが学生時代の友人と会う為で、初日は日本三景の一つ『松島』を訪ねました。

東北新幹線マックスの二階席で一路仙台へ・・仙台から松島までは仙石線に乗り換え、海辺ちかくでは瓦礫が積まれたり復興工事の様子に震災の爪後も生々しく被害の甚大さが・・。

松島へついて駅近くの食事処『小舟』で遅めのランチを。

このお店も被災されたそうでしたが被災後、食事処と言う事で近くの方に食料を分けたり、復旧を手助けする方達の為に店を早くに再開したそうです。

津波に被災した話をお店の方から伺い助け合う様子なども聞き大変な事だったとあらためて思っていると食後に地震が・・店の方の誘導ですぐさま外へ出て治まるを待ちました。

幸にスグに治まり店の方から地震の時の注意をいただき荷物まで預かって頂き町へ。

暫く歩くと防災無線とパトカーで[津波注意報]が発令との事・・消防車が鐘をならして巡回している様子に緊張です。

子供達の手を引き坂を上って山側に退避して様子を伺っていると先程のお店のお姉さんが自転車で私達の様子を見に来てくれて・・・遊覧船の時間など訊いてたので海側だったらと心配して飛んできてくれたのでした。

被災された地元の方の親切に感謝の念が沸き、ワイフは涙ぐむほどでした。

高台が安全とのアドバイスで津波が来なかった国宝の瑞巌寺へ・・。

伊達正宗公が創建の流石は戦国の雄である正宗公が戦時を想定した要塞のようなお寺で一部震災による耐震補強工事が行なわれていたもの見事で、襖絵や宝物館の所蔵の刀剣等を見学しました。

Photo

津波注意報も幸にして何事もなく解かれて、遊覧船に乗り込み日本三景の島々を船上から観る事に。

船内でかっぱ海老煎をかもめの餌として買って、餌づけを体験です。船に並走するように飛んできて餌を投げると上手に捕る技に子供達も歓声をあげました。

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松島の島々は美しく、風もさわやかでしたが外海に出ると柱や流木も流れていて島々の岸辺に瓦礫や打ち上げられ船腹をみせているような船もみられて目の前の静かな海が五か月前に津波で被害を出したのだなとツクヅク思いました。

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一時間程のクルーズを終えて五大堂から駅へ・・。

『小舟』で預かっていただいた荷物をいただき御礼を言うと、『怖い思いしちゃったね・・。』と優しく子供達に語りかけてくださり『また来てね』と笑顔で見送ってくれました。

島々の美しさ以上に、食事処『小舟』のお姉さん達の心温まる親切に触れられたのが松島での何よりのお土産でした(゚m゚*)

地震と津波注意報に遭遇して、これが幾度と続く地元の方の不安を思い、一日も早く地震活動が治まり復興が進みますように『前進、松島』と書いてある町の所々のポースターを見て思った松島の一日でした。

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