無料ブログはココログ
フォト

天使になった実君。

  • 弟とおどけて・・。
    長男、実は2005年2月10日に生まれて、8月21日に突然に世を去りました・・。 何もできないパパでしたが愛と笑顔をふりまいてくれました。 感謝を込めて綴りたいと思います。

« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »

2011年9月

2011年9月30日 (金)

イメチェンって・・。

私のイメージと言うと・・固い、優しい、真面目と仕事や子供関係で言われます。

昔の私はひょうきんで人を笑わせていたのが、実父の急死で泣く泣く跡を継ぐ羽目となってからプレッシャーの数々に気が付けばへっぴり腰の引っ込み事案で押し出しも効かない冴えない面白味もない男になっていたと・・。

何とかしないとと思いながらもパッと仮面ライダーのように[へーんしん!!]というようには・・。

ファッション人間の私ですから外見なら雑誌やタレントさんを参考にしたりしながらショップでアレコレ試して流行りの服を手に入れて、美容院で今風のヘアスタイルにしてもらえば外見は出来あがるし恰好から入るのも一つの手だとは思います・・が。

流行りの服を纏い髪も染めて、最先端のスポットに繰り出して果たしてついて行けるか?

試そうとは思わないけど、きっと体裁を保とうとして自分を演じるのに精一杯で楽しむ余裕などないと想像は出来ます。きっと疲れて逆に落ち込むかと。

髪型や服は今のスタイルで似合う似合わないは兎も角として充分気に入っているのでこのままでいいのですが、昔のようにバカは出来ないにせよ節度を保つ範囲で自分を押し出せればと思います。

これが私には難関で、昔のお調子者の頃の失敗を思い恐れて腰が引けてしまい自分を表現する事自体が周りの迷惑ぐらいに思ってしまうようになっています。

そして一番の自信のなさは身体の小ささを置いて他ならない!!

こればかりは変えようがなく仕方ないのですが、どうしても小柄だと言われ易いようで、親となり子供の親同士の集まりでもふとした言い方が気になり見下されたように感じて、突如として強面になり( #` ¬´#)しなくていい変身して相手をアワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!引かしてしまう事も!

そう言えば実父もそうだった・・・笑ってたと思えばいきなり顔つきが変わり相手が驚く。

そんな父親の子ゆえに血は争えないというかお里が出てしまい情けない限りです(;´Д`A ```

調子に乗りすぎを恐れて遠慮がちな対応になる事と、ナメられたとばかりブチ切れこそしないまでも言葉使いこそ普通でも睨み据えて低い声で応対する癖は直さないと・・。

外見のイメチェンでなくメンタル面でまずは自分に対してイメチェンできればと思い、色々な場に自らすすんで参加する事で殻を破るきっかけにと思ってますが不器用で。

特殊な家庭で育てられて籠の鶏だったことも大きいですがそれ以上に生来の私の宿業が何よりの因なのでしょう。

自分の思うように生きていれば自信も持てたかと思いますが・・今更何もかも投げ出してという訳も・・妻子持ちとして無責任極まりない自分勝手な自由は許される由もなく。

メンタル面のイメチェン・・・外見以上に難しいです。

Photo

2011年9月27日 (火)

PTAの学年茶話会の司会。

今日は午後から仕事を中座して二女の学校へ・・。

保護者会の後の茶話会の司会を私が務める事になっていて緊張しながら行って来ました。

保護者会もトントンと進み、茶話会に・・・同じ学年部のお母さんと支度をしながら簡単な打ち合わせをして段取りを確認して出席する父兄と先生が席に着いたのを確認して最初の挨拶・・。

もう話の花が咲いているので、開会の辞はごくごくシンプルなツマラナイ位に型どおりに手短に纏めたのですが言い終わった後静かになってしまい・・・酒席なら年長者に乾杯の音頭をお願いするのでしょうがお茶会ですから[どうぞ]としか言いようがなかったのでしたが幸いに一人のお母さんが明るく[カンパーイ]と言ってくれたので救われました( ̄◆ ̄;)

いざ始まるとお母さん方がグループになりいる場所がないようでひたすら聞いてるだけ・・。

担任の先生は好青年でママさん方と笑みを絶やさずに話に耳を傾けていて流石です。

途中で私に気遣いして声を掛けて下さりこれも救いでした。

それは楽なのですが結構長く感じて・・途中で段取りで指示受けた通りに次の父兄にるるクラス行事の意見を募集する旨のスピーチも手短に済ませて後は流れでお開きの時間に。

締めの挨拶は・・・。

①父兄同士横の繋がりを大切に後期も宜しくとの言葉。

②今後の行事への意見募集と協力要請。

最後に担任の先生への日頃の指導へのお礼と後期も子供達を宜しくとのお願いの言葉。

何とか手短に無難に締めて出席の父兄も私の言葉に併せて先生方に[お願いします]の言葉と拍手でお開きになったのでホッとしました(゚ー゚)

仲間内ならともかく俺流と言う訳もいかない父母会という集まりでの初司会でしたが、同じ部会のお母さん方の段取りと協力で無事すんで良かったです。

色々とあって人付き合いも億劫になり引っ込み事案になってたのでPTAへの参加はそんな自分の殻を破る為の鍛錬のつもりで飛び込んだのでしたが一筋縄ではゆかずに悩みながらも一つ。一つクリアできればと思いました。

帰りに一人のお母さんが『男の方だと進行がスムーズで良かったです』と労いの言葉を掛けて頂き飾らずにシンプルに出来て良かったと安心しました。

次のお役目も緊張しながらも私なりにこなしたいものです。

Photo

2011年9月26日 (月)

衣替えの時期ですが・・。

今日は肌寒い位の陽気となり、夏物のスーツでなく秋冬物というかやや薄手の起毛素材でない紺色のスーツを出しました。

この季節は着るものの選択に悩ましく、涼しくなったと思えば気温が上がったりと体調を維持するのも大変ですがファッション人間の私としては着るものにも気を使います。

そこで季節の移ろいと気候の変化にどう対処するのか?

※気温が高い時でもサマースーツでも濃い色のものにしてネクタイやシャツで季節感を出す。プライベートも半袖を着てもシックな感じで纏める。

当たり前と言えばそうなのですが、夏に紺のスーツに淡いブルー系の清涼感あるネクタイをしてたのを、やや濃いめのワインカラーといったコーディネートを変えるだけで違うと思います。

ビジネススーツと言えば紺やグレー系が中心ですから基本色だけにシャツやネクタイを変えるだけで幾らでも季節感の演出からセミ・フォーマルにも着まわせます。

暑いのに衣替えだからと如何にも秋冬物の服地の厚手のスーツは辛いもの・・。

中途半端な気候でまだ汗ばむのにクールビズはおしまいとなり、ネクタイ着用となったら万能選手の紺やグレー系のスーツに秋色のシャツやネクタイで本当の秋に繋ぐのが良いと思います。

Img_1523

2011年9月25日 (日)

ワイフの休暇・・。

昨日はワイフが仕事で上京してきた友達と逢うので、私が終日子供の面倒をみる事に・・。

昼は氏神様の秋祭りで遊び、夕食は外でという事で[寿司]か[焼肉]と言う事で選んだのはお寿司。

駅ビルにうる人気寿司店で並ぶと二女の同級生と母親が並んでいて・・同じPTA委員を務めていて火曜日のクラス懇親会の司会の話になり、よろしくと言われて緊張です( ̄Д ̄;;

暫く並んだ後に席に通されて、久々とあって子供達は大喜びで寿司を食べてたのですが娘達の〆はな・何と大学芋とは驚きでしたw(゚o゚)w

二男は巻物といなり寿司で〆はオレンジジュースで可愛いものです(*^-^)

長女は少し遠慮気味で選ぶのが大人になったと・・。それでも好きなものをと勧めると満面の笑みで嬉しそうに好物の寿司をオーダーしていましたo(*^▽^*)o

帰りは再び氏神様のお祭りの夜店を覗き、射的で二女は景品をゲットして大喜び(v^ー゜)ヤッタネ!!

帰宅してからテレビを皆で観ながらワイフの帰りを待っていると二男は遊び疲れて寝てしまいそのまま朝までグッスリでした(´△`)Zzzz・・・。o○

ワイフから帰るメールが届き、暫くして少し頬を紅くして帰宅してとても楽しかったと・・友達からも[優しい旦那様でいいね]と言われたと聞き、自分は好き勝手してるからたまにはめい一杯友達と過ごせていいガス抜きしたのなら良かったと思いました( ^ω^ )

ワイフの良い休暇になって良かったです(*^-^)

今日は保育園のママ友からのお誘いメールが来て二男と公園でタップリ遊んで母子共々上機嫌で帰ってきました。

私も二女と渋谷にブラリと気分転換と散策を兼ねて出掛けました。

キツクなったズボンを直しに買った店に行くと、昨日とは違う二女の同級生の母親に逢ってビックリw(゚o゚)w

二日続けての偶然とは・・・何処で会うか判らないから悪さはするなと天からの何かがという事か(^-^;

連休も終わり、月末の仕事が・・ワイフもリフレッシュ出来た明るい顔と子供達の明るい声に少し鬱気味の私も何とか自分を奮い立たせて頑張りたいと思うのでした(゚ー゚)

Photo

2011年9月23日 (金)

印章業界のの展示会、印章21世紀店。

今日は、この時期に毎年開催されます印章業の展示会[印章21世紀店]へワイフと二男と池袋はサンシャイン60まで行って来ました。

印章関連の各メーカー・問屋さんが一同に会して自社製品を展示・商談の為の年に一度の機会でもあり、業界関連の方が地方からもこられます。

苦しい世相の中ですが大勢の方で、業界団体の方ともお会いしたり地方の業界の方とも暫く振りに逢えました(*^-^)

取引業者さんのブースで商品を手に担当営業さんより説明いただき、昼時とあって豪華なお弁当にビールまで御馳走にo(*^▽^*)o

二男もスタンプラリーを楽しみ、子供向けコーナーも設けられて楽しんでヘ(゚∀゚ヘ)アヒャ

福引では見事に四等を引き当てて会場で使える商品券をゲットして早速仕入れの一部に貢献してくれました(v^ー゜)ヤッタネ!!

色々と製版機器や販促グッズに至るまで見せてもらい今年も勉強になりました。

大変な時代ですが何とか乗り切る為に各業者さんも色々と工夫されていると・・。

此処に来るとやはり私も業界にどっぷり浸かってしまったと感じます(^-^;

色々と夢は断ち切れない自分と家業という現実の狭間でジレンマもありますが何か得るものを手探りで見出し活路を開きたいと思いました。

会場でワイフと二男が目に停めて可愛いので試しに一個仕入れて来ました。

☆コレ[印鑑ケース]でケースに手造りのデコレーションが施されています。

デスク飾りと兼ねて印鑑をしまうそうですが如何でしょう? 

Img_2079_2

こんなアイディア商品も色々見てきた一日でした。

お陰さまで創業50年!!

(有)清山堂製印所

☎03-3712-9142  FAX03-3791-7769

seizando@chive.ocn.ne.jp

※昨日よりアドレスが変わりました。

2011年9月22日 (木)

趣味は?と訊かれて。

趣味はと訊かれれば[ファッションに落語]と今は答えてますが、そもそもファッションは子供のころから取り付かれたようにコリまくってたので趣味というより今でいうオタクと言う方がはまっているように思います。

落語も学生時代の一時期に落研に所属していたものの自分で演ずることはなく専ら聴いて楽しむ方なので趣味と言えばそうかもしれないのですが嗜好どまりかもしりません。

ならばトコトン打ち込めるような趣味を持てばと言われますがコレと言って浮かばないし・・。

社会人になり、テニススクールに通って汗を流していた時期がありましたがアレは趣味と言うよりカッコづけで今はラケットを握ることもないし、ゴルフも二男が生まれてからは練習場にも行かなくなってしまい半端ばかりです。

そんな私に長続きしているのがファッションと落語なのです。

ファッションは今でも叶わぬ夢と諦めきれず自分ではそちらの世界で働ければ『天職』になると今も思う位で私から服飾をとったらこの世から消えてしまうくらいに大切な張りあいです。このネクタイとこのシャツをとか・・古い映画のポートレートからインスピレーションして流行りの服とかより私の嗜好のクラシックなスーツスタイルを作り上げるのが楽しいものです。

落語は暫くはご無沙汰だったのが長男を亡くして塞ぎこんでた頃にネットの御縁で落語の会[久松町倶楽部=現江戸幸]に招いて頂き三遊亭京楽師匠とも出会い、あらためて落語の楽しさに触れたと同時に[笑う事の大切さ]も実感できて救われたので、この会は私の趣味以上にやはり大切な張り合いとなっています。

まぁどちらも張り合いですが、家庭がある以上は其方ばかりに傾倒してばかりと言う訳にゆかずに特にファッションは職業として就きたかっただけに、全くファッションと縁がない地味な仕事の家に生れたのが運命か・・特異な家庭環境の中で育ち諸事情で止むなく後を継いだのですが今は子供を養うためには仕方なしと・・。

ハンコ屋らしからぬスーツ姿でも、せめて自分の好きな服を着れるから!!

来月は落語会で大いに笑って楽しめる!!

コレがあるから張りになるというものがあればこそ、落ち込んだりして投げ出したくなっても立ち上がり日々前に進めると思います。

打ち込める趣味というより・・張りになるもので充分だと。

03613jpg_2

2011年9月21日 (水)

台風襲来!! 自然の力に対して人は無力なものと・・。

台風15号が近づいてます。

雨と風が強くなって来ました。

今年は東日本大震災で多くの尊い命が失われ、先日の台風12号でも多大な被害が出たばかり・・。

自然の猛威に対しては人は無力だとツクヅク感じます・・。

文明が進むにつれて便利になると同時に古人が大切に引き継いできた自然環境も壊してしまい諸問題を次世代に負の遺産として残す事に・・。

その報いが地球規模の異常気象として襲いかかってきているようにも思います。

私達人間が地球の支配者とばかり傲慢になってはいなかったか?

私自信も文明の利器に頼り環境の事など考えずに好き放題していたことを省みながら、人間は大自然の猛威の中では無力で小さな一生物に過ぎないとあらためて思いました。

さて台風15号・・・工場の外の自販機横の空きカンを入れるゴミ箱が倒れるので中にしまいにいったら突風で足をすくわれそうになって冷や冷やでした~(°°;)))オロオロ(((;°°)~

その際に壁に側頭部をぶつけ怪我こそないのですが暫くはかなり痛かったです(/□≦、)

哀れな濡れ鼠となりながらも無事でしたが、どうか大きな被害がでませんようにと・・尊い人命が失う事ありませんようにと祈るだけです。

皆さん、クレグレもお気を付け下さい。

2011年9月20日 (火)

彼岸の入り・・・死を受け入れると言う事を想う。

今日は彼岸の入り・・昨日までの暑さから一転して涼しい朝です。

お彼岸と言えばお墓参り・・春と秋にあり亡き人を偲び手を合わせるのでずが・・・祖父母に両親は順番通りだとして、長男を先立たせてしまった事は今でも受け入れられずにいてお盆、お彼岸関係なく常に面影を追い込み上げたりしてしまいます。

身内の死というものをどう受け入れるか・・・・。

最近思うのですがこれは自分の死もどう受け入れるかという事にも連なってくるように考えました。

死んだらどうなる・・何処へいく? 霊となってあの世へ行き現世の親族を見守る・・ならあの世はどんなとこ?

亡き親族はどこでどうしているのか・・此方が見えているのかと思いは巡り答えは出る由もないのにアレコレ考えます。

私もその一人ですが、最近それはそれで死んだら迎えてくれる親族がいると思えばそれも楽しみという瀬戸内寂聴師の言葉の通りに[人生を走り終えた後の楽しみ]と思うようにしています。

実際は亡き長男や母に祖母に逢えるかは定かでないにしても、[涙そうそう]の歌詞の♪いつかまた逢えると信じ生きていく♪でいいと。

人生を生き抜いて長男の元に逝き笑顔で抱き上げる・・・楽しみです(*^-^)

私にとって死とはお休みに実家へ帰省する日を指折り数えて待つようなものなのだと・・人間先に楽しみがあれば、あと何日でハワイが待ってる!!みたいに嫌な仕事も張り合い持って取り組めたりするもの。

ただ人生設計が思うようにならないもの、実父のように夢半ばでお迎えがと言う事も・・明日が確実に来るなど保障もないのですから。

子供達を育て上げてからと思ってもそうはいかない時の為の備えもしないと。

寿命は儘ならないからこそ今日一日を懸命に生きていくしかないのだとしたら、仕事に誇りを持ってなど気張らず生きる手段にすぎない仕事や肩書きに縛られずに、家族や友との一時を大切にして短い今生の思い出を土産に母と長男の元へ帰省したいと思います。

身内の死を受け入れる事=自分の死も前もって受け入れる事だと感じました。

彼岸の入りも何時もの朝同様に香を仏壇に手向け母と長男の遺影に手を合わせ[待っててね、いつか帰るから]と語りかけるのでした。

Minoru Img

2011年9月18日 (日)

[さんま祭り]気仙沼の皆さんありがとうございました・・。

今日は毎年、秋の恒例行事の『目黒さんま祭り』が目黒川沿いの一角で行なわれました。

毎年この時期に目黒の友好都市の気仙沼市より新鮮な秋刀魚が届けられて、気仙沼の皆さんの手で炭火で塩焼きされた焼き立てが配られて、東北各地の物産も販売されます。

この春の震災で気仙沼市も被災されたのでしたが、目黒からの支援に対して[がんばろう気仙沼・ありがとう目黒]との思いから両自治体の協力の元で今日の開催となり、この秋も500匹の秋刀魚が贈られてたのです。

Img_2067

会場は東北応援の気持ちが集まったように、今年はより多くの人出に思われました。気仙沼の皆さんが汗だくで焼いて下さる秋刀魚の香ばしいにおいと立ち上る煙・・それを待つ人達で列が出来ていました。

Photo_2

東北各地の出店も賑わいをみせていました。

母の郷里も東北とあって御当地の漬物を買い求めておばちゃんに亡き母の故郷と話すと亡き母と同じお国訛りで御当地の話になり、母を思い出し込み上げそうになったり(ρ_;)

気仙沼市のブースでは味噌焼きを買いました。

Img_2069

ここでもお店のおばちゃんに[お身体に気を付けてお過ごしください。]と声を掛けたら[ありがとう]と満面の笑みで応えて下さり嬉しく思えました。

この他にも義援金となる応援ステッカーを買い求めましたが何度もお礼を言われて・・・会場には被災状況を映した写真も展示されて大きな被害に遭われたのだとあらためて地震と津波の怖さを感じて、何も出来ない事に歯がゆくおもいもしました。

地元選出の蓮鈁大臣と手塚首相補佐官がごっついSP数人引き連れて視察にこられてましたが顔見せ興行でなく手早い施策を講じてほしいと・・。

この秋の祭りは被災地となった気仙沼市と目黒のあらたな温もりある絆を深める祭りとなつたのなら何よりだと思い、私も地元の方と交歓できたのが良かったです。

気仙沼の皆さん大変な時においで頂き有難うございました。

感謝と応援の気持ちを込めて・・味噌焼きは素朴な味で美味しかったです(゚▽゚*)

2011年9月15日 (木)

秋バテ・・・・。

このところの残暑と言ったら厳しすぎてウンザリの方も多いかと(@Д@;

私もまさか九月も半ばになってこうも暑いとは思わなかったので体調が落ち着かないし言うか秋バテ気味です・・。

昨日の昼は素麺がサッパリして美味しく感じるくらいで、梨も美味しいですがスイカが恋しくなる陽気です。

これも地球的規模の異常気象なのか・・今日もお客様へ伺う時の車窓から差し込む日差しが眩しく、空には真夏のような入道雲も・・。

来週に雨が降ると涼しくなるそうですが是非そうあってほしいです。

ウンザリしてヘバッテも仕方ないので・・どんな秋にしようかを思案中。

家族で葡萄狩り・・・梨狩り。どちらかで楽しみたいと思い近間を調べています。

人間先の楽しみがあった方が張りあいも出てシャキッとするもの!!

そういえば今週末と来週末は連休もあり、家族と過ごしたり友人と飲んだりと英気を養いたいと思います。

そうそう秋と言えば[お洒落の秋]

たまには街のウィンドーを眺めてこの秋の装いを色々と考えるのも良いかと。

と言ってもこの陽気・・まだ街ゆく人も夏姿ですから速く季節が進んで欲しいものです。

Photo

2011年9月14日 (水)

子を亡くした母親同士で・・。

昨日はワイフが学生時代の友達に逢うので休みでした。

そのお友達は私達同様に赤ちゃんを亡くされた悲しい経験を経てお子さんを授かった方で学生時代を一緒に過ごしただけでなく『子を亡くした母親同士』という点でも通じあうようです。

帰って来たワイフからはお友達が授かった可愛いお子さんの写真を見せてもらい思わず込み上げてしまいました・・。

私達が二男を授かった時を思い出して・・・。

このお子さんは我が家の二男同様に天国の兄弟が見守ってくれているから、おおらかな笑顔をしていると・・そしてスクスクと育っていくことを願って。

随分ゆっくり出来たようで二男と共に明るい表情で帰宅したワイフ・・母子ともに元気そうで良かったと笑顔で話してました。

学生時代の友として、母親同士として色々と話す事があったのでしょう・・。

私は父親として息子の死というものをどう受け止めたらいいのか受け入れ難い現実に慟哭し狼狽しましたが・・・お腹に宿して産んだ我が子を亡くした母親としては男親以上の辛さがあるとワイフを見ていて思いましたから、お友達もさぞ辛かったと・・。

友として母として・・二人が子供を交えて一日を過ごして共に前向きな気持ちになれたのなら何よりの休暇だったと思うのでした。

2011年9月13日 (火)

三遊亭京楽師匠の『地元・横浜での独演会』のお知らせ。

九月も半ば過ぎと言うのにこの暑さ・・・ウンザリされている方も多いのでは。

そんな残暑も笑い飛ばしてみるのも良いかもしれません。

来る9月24日(土)は横浜にぎわい座にて三遊亭京楽師匠の独演会が開かれます。

師匠の故郷である横浜での初の独演会だそうで出し物は、古典落語[火炎太鼓]の他に日頃から防災・環境・福祉をテーマにした新作落語にも力を注いでいる京楽師匠の防災落語[ガレキの婚礼]も演じられます。

この作品は京楽師匠の師匠である故・5代目三遊亭円楽師匠の監修の元に京楽師匠が作られた一席で、音楽や映像も交えて防災の大切さを呼びかけます。

故郷横浜の笑いの殿堂にぎわい座での初の独演会と言う事で師匠も力の入った名演が期待できそうです。

秋の1日を京楽師匠の落語会で楽しんでみませんか。

Img

長女の期末テスト・・娘の成長を感じて親として。

昨日と今日は中2の長女が期末テストを受けてます。

別段ガリ勉という訳でなく、親に言われなくとも試験前だと集中して取り組み成績も上位クラスで学年トップになった事も。

私が何とか勉強をみれたのも少学校の低学年がせいぜいでそれ以後は本人の自主性に任せて無理に塾通いさせる事もしないのに成績は下がらずに一定してるので不思議な位です。

週末もお祭りがあると言うのに家に籠って試験勉強にいそしんでいて可哀想な位でした。

私とワイフが子供達に常々言ってるのは・・。

『勉強は自分で取り組み結果も自分で出すものだから悔いが残らないように自分自身で考えてやりなさい。』

という事だけです。別に突き放している訳でなく本人が望めば当然、参考書も与えれば塾にも通わせますが小学生のころに進学塾のパンフを出して勧めたところ強く拒否されて無理に行かせてもと好きにさせたのですが・・しっかりと自分で取り組むように務めているようで結果もキチンと出せるようになったのは私の子供時代とは違うと・・恥ずかしくも( ̄Д ̄;;

私は浅学菲才なので勉強の手伝いは出来ませんが、色々なものをみせたり触れさせる事で視野を広げる後押しはと思い落語に歌舞伎やミュージカルといった芸能も観せて絵が好きなのならと展覧会や興味をもった物作りの体験学習会に行ったり旅行もその土地に行ったからこそ感じられる何かがあればとの思いもあります(゚ー゚)

親の趣味に付き合わせている事もありますが[落語家さんの噺だけでなく表情も面白い!!][歌舞伎役者さんの衣装がとても綺麗だった]とか[あの土地のこんな景色が忘れられない]・・・。

そんな感想を子供達から聞きながら感性が豊かになってくれればと思います。

机上の勉強で知識と学力を磨くのも大切ですが、人は機械でなく血の通った生き物なのですから感性が豊かに磨かれてこそ他人に対しての思いやりや人だけでなく動植物や物に対しても優しい気持ちを自然に向けらられる人に育ってくれたらと・・。

ワイフも色々と料理や家事も仕込んでいて・・・此方の方も自発的にやれるようになればと苦笑しながら言っています。

昨日は理科が思うように出来なかったと言い、今日の英語が不安と苦笑いしながら話す長女に・・ついこの間までおチビちゃんだと思っていたのが[今、自分が何をすべきか]を自覚して親から言われずとも取り組むように育った事が頼もしく感じました。

これも親の力だけでなく今まで長女に関わって下さった様々な方達のお陰と感謝して、長女みならず子供達が心身共に健全に未来に進んでほしいと思うのでした。

さて・・・今日はどんな顔して帰ってくるのか。[お疲れ]と迎えてあげたいです。

110403_211701

2011年9月12日 (月)

秋まつりと業界支部会。

週末は地元の神社の秋季例大祭でした。

試験勉強中の長女の分もお参りして、出店を楽しみ二男と二女は射的とソースせんべいでご機嫌でした。

日曜は二人とも山車を引きに。

子供のころ私も、お祭りと言うと小さい頃は祖母に付き添われて山車を引き、高学年近くになると子供神輿を担がせてもらいお土産を頂いた思い出が蘇ります(゚m゚*)

二女は一昨年に続き山車に乗せてもらい大鼓を叩かせてもらいました。

Photo

二男はワイフと山車の綱を手に歩きます。暑かったので最後まで行けず途中でリタイアしたもののよく歩きました(*^-^)

Photo_2

子供達の楽しげな姿に元気をもらい、夕方から業界団体の支部会へ・・・・。

我が業界を取り巻く世相も厳しく、業界団体自体も今までと違う時代に沿った運営に移行しながら同業者同士の連携をという話が具体的に動き出しました。

どうしても業種自体が地味でどちらかと言うと目立たないのですが、直向きに使い易いゴム印作りを心掛けてきた人柄も温かな人が揃っている団体が私は大好きです(*^-^)

決してエリートでもなければどちらかと言うと世間から見れば零細な町工場の集まりであっても、そんな私と同じく自由が効かない恵まれない境遇の中でも敢えて受け入れ技を磨いたきた二代目の先輩も多く勇気づけられ育ててもらったからです。

昨日も色々と元気づけて頂き、会議の後は楽しくビールと美味しいお刺身で色々と語らいました。

少々気分がめげていただけに有難い集まりでした(゚m゚*)

2011年9月 9日 (金)

『夢は見るものでなく叶えるもの』・・私にはきつい言葉。

なでしこジャパンのロンドン五輪出場が決まり、ラジオの応援メッセージで『夢は見るものでなく叶えるもの』という言葉が出たのを聴いて気持ちが落ち込みました・・・。

私にはとてもきつい言葉で夢をみる事も許されず、叶えようとすると阻まれ続けて生きてきたから・・。

子供の頃、巨人軍のファンでプロ野球選手を夢見て練習に励んでいた時・・・父方の叔母に『お前は身体が小さいから野球選手は無理だからお父さんの跡継ぐ勉強しなさい!!』と諭されて凄いショックを受けて落ち込んだことが・・・。

確かにチームでは補欠でレギュラーに上がれくとも私なりにいつかは・・と夢に向かって努力して一人素振りをしたり頑張っていた時だけ落ち込みました・・。

結局叔母の言う通り芽は出ずに終わったけど、大人が子供の夢を打ち砕く言葉はどうかと思います。

野球もダメで・・それは自分の資質のなさもあったのですがその後も色々とありイジメに遭った時は悔し紛れに将来はヤクザになって強くなりたいと作文に書き大騒ぎに・・。

実父も・・ブラスバンドをやりたいと言うと『チャラチャラしてる!!』と不可。従兄が音楽をやっていた影響でしたがそれを訴えると・・『あいつらとお前では背負ってるモノが違うんだ!!』と一喝されました。

きっと金が掛かるからさせたくなかつたのだと思います。

言ってみれば我が家は実父という暴君が支配する独裁国家で、自由が許されない特殊な家庭だったのが運のツキだったと・・。

高校生でバイトしようとすると殴られたうえにバイト先に電話して断わるは・・そして配達から雑用と仕事の手伝いを脅されてさせられて・・それもタダ同然でした。

結局・・私自身も実父が怖くて逆らえきれない勇気のなさも大きく、決して実父のせいだけでないのですが嫌いなゴム印に携わる結果に・・実父にとり私は子供としての愛情は皆無で跡取りと言う自分の夢の実現の道具だったと。

正直言ってゴム印は嫌いです!! ゴム印自体は悪いのでなく世間が軽く観ているから悲しいのが本音かと。

台木を削るのに電機ノコギリは危険で怪我もしました・・・プレス機は熱くてバカになるほどウンザリします・・。材料は原油の高騰で値上がり、手間の割には商品は高くない。

世間からは低く見られているのが我々物作りの悲しさ・・・。

比べれば服飾業界はセンスが磨かれて洗練された服を提供すれば世間の評価が高い!!

今でも服とハンコどちらが好き?と訊かれれば迷わず服と応えられます。

その服飾業界への夢も実父はおろか母と工場の職人であった親類がこぞって阻止されて儚くも消えて場末のゴム印屋に・・。

夢は叶えるもの・・・・確かに自分の力不足が一番の因なので、今度生まれてくる時は親子親類の縁を絶っても夢を叶える強い意志と力を持ちたいです。

そして親として自分の夢を無理に押し付ける実父の愚は繰り返さず子供達の夢の実現の為に働きたいと・・・。跡取りの苦しみは私一人でたくさんだと思います。

2011年9月 7日 (水)

許すという気持ち・・。

以前の話・・子供の学校行事であった昔のいじめっ子の人に当時からかわれて泣いた事など言われたくもない話をツラツラ言われてキレて口論になった事がありました・・。

相手の言い分『俺は懐かしくて言ったのに何故怒る?』・・・・。

そして私は『お前さえいなければもっと楽しい学校生活が送れたんだよ!!!』・・・。

『そんなに俺が憎いのか・・・そりゃすまなかったな』

私の言葉に相手はトーンダウンしたが腹の虫は治まりませんでした。

地元で暮らしていると嫌な思いをさせられた相手とも親同士として会う事も・・・ハッキリ言ってこれが苦痛で。

トラウマとなってしまうから・・・然し相手がニコヤカに声でも掛けてくれて対等な対応してくれれば昔は昔という思いになれるのですが、昔同様に上から目線で小馬鹿にした対応を取られると気持ちは違ってくるものです。

それ以来そいつとは避けあうように・・・・そいつの子供が先に卒業した事もあり数年会わなかったのが道で信号待ちで隣にバッタリ!!

目が合っていやーっな感じに・・・『暫く・・。』向こうから声を掛けてきて・・・。

私はあの時の屈辱が蘇りチックが出て顔が震えていると・・・。

『相変わらずキメキメだな!!俺なんかとは違うよな・・。』

相手は作業着の上下姿で・・だからどう違うっていうんだ?俺も工場では作業着だと益々カンにさわったのでした。

『あの時は調子に乗ってごめんな・・。』

固い表情の私に以心伝心を感じたのかおもむろに謝って来たのでしたが・・。

私は先日観た劇の中の因縁ある相手に会った場面の台詞がふと蘇って来ました。

『今更許してもらおうなんて虫が良すぎるぞ・・何十年も経ってからまた俺のプライドはお前に壊されたんだ!! 不愉快だ・・・今日てめえに会った事も俺は忘れるよ!!』

声高にならないように感情を抑えながらそう吐き捨てて既に青信号の交差点を足早に渡ってきたのでしたが・・奴は目を伏せて頷いていました。

私は言いたいことを言ったのでしたが何故かスッキリしませんでした。

一応相手は気にして謝ってきたのを突き放して[お前の存在など認めない!!]とばかり言い放った事が情けなくも思えて・・大人の対応でなかったと。

許す・・・という気持ちが沸かなくなっていると感じました。

実父に対してもどうしても血のつながりがあるだけに自分勝手に事を進めて私の自由を奪い母に苦労を掛けた事が今も許せずに供養も放棄して無縁仏同様にほったらかしにしたまんまで・・他人様以上に許せない感情は変わりません。

恨みからは何も始まらない・・・確かに自分勝手な父でも許して懇ろに供養してあげるのが子としての務めでもあるのでしょうし、幾ら侮辱されたとしても謝罪してきたのだから快く受け入れる方が人としての度量も少しは備えられるとも思います。

でもそれがスンナリとは出来ないのはまだまだ人間として未熟なのだと。

他人も自分も許すという気持ちは難しいと・・・・傷つけられた分、相手をも傷つけるのはいつまでたっても手を握り合えないのが悲しくも思いました。

子供時代のイジメが暗い影を落としての出来ごと・・・救いは子供がイジメられてない事です。子供には大人になってまでそんな思いはさせたくないです。

2011年9月 6日 (火)

最近は若づくりも・・子供と遊ぶ時のアメカジ。

今日はスーツ大好き人間の私としては珍しいというか若づくりにトライしたいささか無理も感じる装いです。

アメリカン・カジュアル傾向でシャツはビンテージ・テイストのラガーシャツにリーバイス501のデニム・ショーツを履いて足元はイギリス海軍放出の白のキャンパスシューズでベースボールキャップまで被りました。

このスタイルの良い点は・・。

①楽ちんである。

②子供と遊ぶのに汚れを気にしないでいい。

③アイスなどを付けられてもスグ洗える。

④気が若くなったように思える。

⑤涼しい。

他にもありますが④はともかくとして今年の夏はこのスタイルで方々へ子供と出掛けました。

スーツスタイルとのギャップも大きいですが、普段着のエレガンス路線も良いのですが流石にヤンチャ盛りの子供と一緒の時は汚される恐れもあり、行く場所も公園や子供向けアミューズメントが多いのでエレガンスでは合わなかったりするのでコレならもってこいでした。

私としては冒険的なスタイルですが・・楽なので少々はまったかな(*゚ー゚*)

Photo

二男が蝉の供養を・・優しい気持ちが育っていると感謝。

日曜日の事・・・出掛けようと車に乗るときに蝉の亡骸が横たわっていてそれを見つけた二男がしゃがみ込んでジーッと暫く見つめていて・・。

『死んじゃって可哀想だね・・。』とポツリと。

小学生の二女も『可哀想だね・・。』二人で慈しむように蝉を見つめていました。

『一生懸命に夏を生きて役割を終えたんだねコンクリートの上じゃ可哀想だから土に帰してあげよう』私が提案すると・・。

四歳の二男には意味が分からないと思ったのでしたが、蝉を手にとると近くの草むらになっている部分に蝉を大切に横たえてあげました・・。

逝ってしまった蝉の命を弔うように・・。

四歳の二男が死と言うものを何処まで理解しているのかとも思いましたが・・震災や今回の台風の報道を真顔で見ていて『可哀想だね・・。』と呟きます。

彼なりに命の大切さを理解しているのだと・・そして優しい気持ちが育っている事に感謝しました。

このまま優しい気持ちを持って成長して二男に限らず子供達には優秀な人以上に温かな人として生きて行って欲しいと思います。

震災に今回の台風・・・多くの方が亡くなり家を失いました。

これは他人事でなく明日は我が身と思えば温かみをもって接する気持ちを子供達に望むだけでなく自分もそんな気持ちで日々過ごさないととも考えました。

人だけでなく生けるもの全ての命を大切に思う気持ち・・忘れずにいたいです。

 

2011年9月 5日 (月)

創業50年の秋です。

来月1日で弊社、(有)清山堂製印所が創業50周年を迎えます。

実父が戦後に疎開地の長野より東京に出てきて(有)丹野の親方の内弟子兼従業員となり修行を重ねて業績不振だった(有)丹野の親方より事業を引き継ぎ兄弟子の清野さんとの協同経営として丹野の従業員もろとも引き取り(有)清山堂製印所としてスタートしたのが昭和36年10月1日でした。

でした・・等と言いながら私はまだこの世に生を受けてませんが(笑)

それから時代はオリンピックに伴う道路整備やインフラ整備の躍進、高度成長の波に乗ったこともあって丹野の親方の経営時代を凌駕する躍進を遂げて今でいうV字回復を遂げていったと古い職人さん達から聴いたことがあります。

その当時はパソコンも携帯電話といったOA機器もない時代ゆえにゴム印はとても利便性が効いて重宝されていたようです。

巷ではオリンピック以降は王、長島を中心としたジャイアンツが9連覇への道を躍進する黄金時代で国の経済もGNPでアメリカに次いで世界第2位となり戦後の荒廃から奇跡の復興を遂げてオイルショックや円高不況といった荒波も乗り越えて経済大国としてバブル経済の崩壊まで曙の勢いの時代から、今や経済ではバブル以降の長引く不況から抜け出せず中国から追い落とされて衰退国家の借金大国に落ちぶれた上に今回の震災・・。

曙から一気に黄昏を過ぎて暗闇まで落ちて大変な時代になったものです。

そんな時代の流れの中でもゴム印を作り続けて名刺・ハガキ印刷も加わりOA機器の台頭、普及のデジタル時代となって一部のSEとか言うデジタルハートの輩からアナログと冷ややかに言われながらもゴム印のは便利なツールとして今でもこれからも世のお役にたてると作り手として自信をもって言えます!!

私自身、物づくりの家に生を受け父の急死で退路も断たれて私自身の人生の夢も諦め泣く泣く跡を継いだものの思えばゴム印のお陰で大きくなりここまで生きてこれた事を思うとそれも酷い事ながら一つの避けられない運命でこれからも死ぬまでゴム印との付き合いは続くのだとするのなら、より良いゴム印を作り続けられたらと考えるようにしています。

アナログには血の通った温もりがあり、これからも時代に合った新たなスタンプも創りだしていきたいと色々と50周年という節目に思うのでした(゚ー゚)

Img_2 Photo

お陰さまで50周年!! ゴム印作りのエキスパートです。

(有)清山堂製印所

☎03-3712-9142  FAX03-3791-7769

seizando@qxwx.ftbb.net

☆スタンプに関する事でしたらどうぞお気軽にお問い合わせください。

Gomin

2011年9月 4日 (日)

観劇とプチ同窓会に二女の学校の夏休み作品展。

昨日は親友の森君の所属する異業種交流会主催の歌唱劇を観に森君と川口へ・・。

一昨年も見せてもらいましたがとても素人さんとは思えない演技力と構成も内容もよく出来ていて劇を彩る歌唱も往年のSKDのように美しくて楽しませてもらいましたヽ(´▽`)/

夕方から新宿に場所を移して、小・中学時代の友人ヤマちゃんと合流して居酒屋へ・・。

プチ同窓会となり、社会に出てから各々色々とあった中でお互いにいい歳となりましたがこうして再び巡り合えて楽しく過ごせるのも少年時代を同じ学び舎で過ごした旧友同士だからこそ屈託なく盃を交わせる喜びだと思いました(*^-^)

またこうした機会を持って互いに前向きに日々過ごしたいです(*^-^)

今日は朝に二男を床屋さんへ連れて行き散髪。

伸びた髪を五分刈りにサッパリしてもらい、マラソンを観戦してから家族で二女の学校へ夏休み作品の展示会へ。

各学年其々が色んなテーマで工作やら研究成果をまとめていました。二女は私の影響で[落語の研究]のレポートを図書館で本を借りたりして調べ上げて落語の歴史や種類や系譜などを上手に纏めていました。

観ていて思ったのは地震の事をテーマにしている子も多い事。

子供達にとっても衝撃的な出来事だったとあらためて思いました。

この週末は友と愉快に過ごせてそして子供達の力作も見られて夕方からは私も散髪してもらい英気を養い明日からの仕事に臨みます(*゚▽゚)ノ

 

2011年9月 2日 (金)

PTAの御役目で司会をする事に・・・。

夏休みということもありPTA活動もなく秋を迎えたと思っていたら、月末近くに行なわれる保護者会の後の担任の先生と父兄同士の親睦目的の『お茶会』の司会をする事に\(;゚∇゚)/

二女の学年は二クラスで合同開催との事で別に何か芸の一つも披露しろと言われた訳でないのですが緊張です・・・。

段取りや買い物は同じ部会のヤリテの母さん方が進めてくるので、私は司会ということのようですが最初と最後の挨拶程度であってほしいと思います。

と言うのは何やらテーマを決めてそれに沿って話すようにも聞いてるので場合によっては進行役として話さなければならない事も。

バラエティー番組の司会のお笑いタレントのように滑らかに場を盛り上げられればいいのですがそんな才覚はない悲しさ・・若かりし頃はヒョウキンでしたが何せ娘のクラスのPTAの集まりですから学生時代のコンパとは全く勝手が違って固くなってチックでも起きないかと( ̄Д ̄;;

引き受けたからにはドーンと構えて俺流でやり通すしかないと自己暗示を掛けて臨もうと思います。

それにしても今回も同じ部会のお母さんの手際の良さにまたしても脱帽です・・。

一日で日程の調整に役員、教員への報告から父兄への通知の準備に役割まで段取ってしまうのですから大したものです・・。

ある意味私は楽させてもらってるので何か役に立たないといけないのでレクチャーを受けて滑らないように務めたいと思います。

2011年9月 1日 (木)

三遊亭京楽師匠の東久留米市チャリティー寄席『』のお知らせ。

落語会のお知らせです。

三遊亭京楽師匠によります東日本大震災の被災者支援 の『東久留米市チャリティー寄席』が9月10日(土)に行なわれます。

日頃より防災・環境保護・福祉をテーマとした新作落語を創作して各地で演じることで社会貢献活動をされている師匠による防災落語[天使の産声]はじめとして震災後に被災地を回られた活動報告に子供達の落語に合唱、トリは師匠の『古典落語』でネタは当日のお楽しみ。

収益の一部は東久留米十字奉仕団を通して義援金として寄付されるチャリティー落語会なので多くの方がたにお越しいただきたいと思います。

Img_2

Img_0001 

« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »

最近のトラックバック

2016年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31