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天使になった実君。

  • 弟とおどけて・・。
    長男、実は2005年2月10日に生まれて、8月21日に突然に世を去りました・・。 何もできないパパでしたが愛と笑顔をふりまいてくれました。 感謝を込めて綴りたいと思います。

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2012年1月

2012年1月30日 (月)

我が家の食卓・・・箸と御茶碗に思う家族との一時。

何でもない事なのですが、我が家は食事の支度は家族全員でしています。

長女がテーブルを拭いていればその後に二女が食器を並べたりと。

私も例外でなくテーブルも拭けば食器も並べます。

もう今は大正・昭和の親父のようにデーンと座って新聞を読みながら待ってる[あげ膳据え膳]だった時代ではないと実感です・・・私の父親はデーンとしてましたのに(;´▽`A``

家族の箸と御茶碗を出しながら二男の『機関車トーマス』のイラスト入りの可愛い御茶碗に少し大きめの二女のイラスト入りの御茶碗、中学生の長女は私達と一緒の大人用、お箸も同様に大小と年齢相応に並びます。

そんな子供達の食器を棚から出す時に二女と二男の可愛いお茶碗とお箸も何れは長女同様に大人用になって二男などは茶碗では足りず丼に・・・なんて思ったりします。

二男のスプーンとフォークは家内が子供のころに使っていた三匹の子豚のイラスト入りで長女も二女も使っている母から娘、息子と使い継がれているもので義父母が楽しく食事できるようにとの思いで用意したのだと・・。

お茶碗もお箸も家族の思いが込められているものだと思いました。

美味しそうに御飯を食べる子供の姿を見ながらまだまだ早いと思いつつも子供達が巣立って夫婦だけの食卓になった時は寂しいだろな―・・。なんて事まで思ったりとんだナルシストです(*^.^*)

そうなるまでコレからまだまだしっかり働いて日々子供達のお茶碗一杯に御飯がよそえるように頑張ないとと自分を鼓舞したり、いつもと変わらぬ食卓ですがコレもとても貴重な一時に思えます。

業界団体の総会・新年会。

土曜日は我がゴム印業界の総会と新年会でした。

東京の加盟ゴム印メーカーが一同に会して年頭にあたり役員を選出したり取り決めや事業報告を行なうのですが、今年は自体に沿った組織に変革することとなって活発な意見交換の場となりました。

思えば父が亡くなり引き継いだ私が末端に加えて頂いて多くの先輩方から色々と教えていただいたお陰で何とか手職として形になり生業も立たせていただいていると感謝しています。

最初はビクビクして出ていましたが、どなたも一本通った匠であり情も深く手とり足とり新参の私を導いて頂き私にとっては学び舎なのです。

あれから20年余・・デジタル化の波を受けてゴム印の需要も落ち込み苦しい時代が長く続きながらも同業同士同じ手職としての繋がりを大切に今日までやってきて、今度は新しい組織つくりをする事に。

私も微力ながら何かしら育てて頂いた恩返しができればと思います。

父の急死で泣く泣く跡を継いだものの業界の皆さんの温かさに触れて自分が手職である事が集まるたびに嬉しくおもえるようにいつも間にかなっていました。

幾らデジタル化と言えどもスタンプのニーズがなくなる事はなく、利便性をどう世間様にわかっていただくか自分なりに考えたいと思います。

新年会は和気藹藹と楽しく過ごせて気持ちよく帰ってきました。

ゴム印職人としての絆を確認した総会でした。

                    ゴム印は便利なツールです!!

              (有)清山堂製印所

      ☎03-3712-9142  fax03-3791-7769

                  seizando@chive.ocn.ne.jp

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2012年1月24日 (火)

積雪・・・雷までなって、ちよっと一杯に家内のカミナリも・・。

昨夜から降りつも積もった雪は交通機関や転倒事故など様々な影響がありましたね。

私も今朝は工場の周辺の雪かきに追われました。

スコップでアイスバーンとなった地表の氷を叩き砕いてから除けるのですが慣れないせいもあって結構力仕事でした(@Д@;

それでも何とか人が通るスペースは確保できて家内も交代してくれたので滑り易い所も片づけられて通る方や御近所の方より労いの御言葉もいただけました(^-^;

やはりこうした事は少しでも地域のお役に立つようにすることの大切さを感じました。

子供の頃、はしゃぐ私と対照的に率先して雪かきした父親の事も思いだされたり・・。

親父といえば酒好きでしたが私は嫌いでないにしろイケるくちでもないのですが昨夜は食事時に日本酒を冷やで適量いただいたのでしたが・・風呂上りに寒さもあって娘達と家内が入ってる間に少しはと二男を膝に乗せてテレビを観ながら頂いたのですが一杯、二杯といい気持に・・。

その時突然にゴロゴロ!!と雷が!!・・・・。

雪だけでなく雷も??? 当然ビックリしたのは私だけでなく家内も[雷まで鳴るなんて・・。]と丁度上がって来たのですが私の手の御猪口とテーブルの酒を見て鋭い眼光に変わると・・。

[さっき呑んだでしょう!! 強くもないのに身体の事考えてよヽ( )`ε´( )ノ]

とカミナリを落としてさっさとテーブルのお酒を片づけられたのでした(;;;´Д`)ゝ

後から上がって来た娘達にも顔が赤いの、酔ってる??とからかわれるは、家内は暫く不機嫌で・・(`Д´)

ホロ酔いも雷二連発で冷めたようで・・・その後はいつもの湯上りティータイムでミルクとクラッカーで学校や保育園にバレイのレッスンでの話となり( ^ω^ )家内の閻魔顔も何時もの恵比寿顔に( ^ω^ )

今朝も私を気遣い雪かきを交代してくれたのと同様、飲みすぎて身体を壊さぬようにとの気持ちからなので目を盗んだようにの一杯には反省です(人><。)

さて・・今夜は呑ませてくれるのか気にかかりますが。

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2012年1月21日 (土)

長女と浅草デート。

今日は家内と二男、二女が家内と共に出掛けたので、私は長女と過ごしました。

昼にユニクロで長女の買いものをしてから近くのレストランでランチしてから何処へ行くか思案して浅草を散策する事に・・。

駅から出ると隅田川の向こうにそびえるスカイツリーは展望台の方まで雲に隠れていました。

雷門から仲見せ通りを抜けて浅草寺でお参りして二女がおみくじを・・・結果は[凶]と( ̄Д ̄;;

苦笑いしながらも少し気にした様子で境内に凶の札を結ぶ長女に・・・[凶と出たら後は吉に向かって上向くと思えばいいよ!!]

と言うと笑って頷き、厄祓いにと隣の三社様のひとつの御社に詣でてから浅草六区へ・・・。

日本の喜劇の原点で萩本欽一さんや北野たけしさんといった多くの喜劇人が輩出された町だけあって通りには写真も貼られていて、ロック座に東洋館、そして浅草演芸ホールでは私の影響で落語好きになった長女と出演者の写真を見たり明治から大正、昭和初期の古の繁華街の風情を楽しみました。

近くのマックでティータイム。

古の人々は浅草寺に詣でた後に寄席や大衆演劇を楽しんだのだろうと・・そして私の父親が浅草が好きで子供のころに祖母や母と共に来た事など話しました。

帰路は浅草公会堂前の各界スタ―の手形のレリーフを観て知ってる有名人のものに目を輝かせる長女にこうしていつまで歩いてくれるかと思ったり。

長女が家内のお腹にいた時の正月に母と三人でここに来た時の母の楽しそうな顔も蘇ったり・・・かき揚げの有名店で食事したことなど。

ウッカリ携帯を忘れて画像として残す事は出来なかったのでしたが雨にぬれた浅草寺の本堂の朱塗りが鮮やかだと喜ぶ長女の言葉に豊かな感性が育ってくれたことが嬉しく私の脳裏には焼き付いたと。

一日長女と過ごして食事しながら受験に向けての取り組みやら話しも聞けました。

[自分を信じて失敗を恐れる事なくトライしなさい!!上手くいこうがいくまいが人生は長いから幾らでもチャンスは巡ってくるし自分でも呼び込むよう前を向けばいいから。]

ついこの間までヨチヨチ歩と思ったらが来年は受験。

15才にして初めて一つの試練に立ち向かう娘へのエール・・。

父親としてこんな事位しか言えないのが歯がゆいのですが・・下を向かず前を向いてこそ何かが見えてくると思おうとしている自分自身へのエールでもあると娘にいいながら思いました。

人付き合いも下手で不器用な私ですが家族に自分の為にも難しい時代でも前を向いて進みたいと・・。

帰りの電車で[楽しかった。]この一言が娘から私へのエールだと。

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2012年1月18日 (水)

余計のお世話か? 道の真ん中にタムロする娘の同級生達へ注意!!

昨日の話ですが近隣のお客様へ伺った帰路の事、交差点を渡ると数人の女子中学生がタムロしている・・娘のクラスメートも数人いてそれも歩道のほぼ真ん中。

交差点を渡ってすぐの往来でバス停近くで道行く人に邪魔な上に危険なので

[道の真ん中は危ないよ!!]とやんわりと注意すると『すいませーん!!』と返事が返ってたのでした。

帰ってからその話を家内に話すと『あまり言いすぎると諫言されたお返しが娘にくる事もあるから気をつけて。』との事で気に掛かってしまいました( ̄Д ̄;;

・・・・危ない事や他人様の邪魔になるような事は言うべきだし、私の中学時代も仲間とタムロしたりと注意されたことは幾度もあり[うっせーな!!]と思ったものです。

それが親となればやはり危なっかしく言わずにはいられず・・今となれば言った方の気持ちが凄く理解できるのです。

どちらかと言うと娘達の友達、保育園に学童保育時代から知る子供達などは気心も知れていて向こうから寄って来てくれるので子供好きの私としては嬉しい限りなのです。

それだけに無責任にニコニコして応対するだけでなく危ない行為を見掛ければ声を掛けて時には叱り飛ばしもしていました。

それって余計なお世話で、下手すると娘達の友達関係にも影響するのか??
中学生で思春期にもなれば気難しくもなり煙たく思われるのもわかるしだからと言って非常識な行動を観過ごすのも大人としてどうかと・・。

家内にすれば娘がおとなしい質なので心配らしいので理解できますが其処まで考えて言わないといけないとは・・。

流石に心配になり今日少し遅く下校してきた娘に訊くと笑顔で大事なかったと・・とりつくろう笑顔でもないのでホッとしました。

娘曰く[最近の子はひ弱だから少し注意されてもムッとしたり落ち込んだりするから。]

大人びた物言いに余計なお世話だったかと少し考えた私自身がひ弱な大人だと恥ずかしく思えたりと。

誰かが言う事も必要であって私が今思うように今はうるさいと感じても大人になってわかってくれる筈で自分の行動を少しでも考えてくれればとの思いでこれからも声はかけようと・・家内が心配したように言い過ぎに注意して接しないととは思います(^-^;

2012年1月15日 (日)

母の13回忌。母に捧げるバラード。

今日は母の13回忌となる命日でした・・。

毎年この日が近づくと塞ぎこみがちになってしまうのでしたが、昨日は両国寄席で笑い、そのあとは三遊亭京楽師匠と色々と楽しくお話が出来てお陰で沈みこまずに今日を迎えられました。

午前中は二女にねだられて将棋の対戦、午後から二女と二男に家内とカラオケをしてきました。

家内と子供達の明るい歌声に癒されながら、私は[母に捧げるバラード]を・・。

歌で私なりに供養をと思ったのですが途中で胸が詰まり涙声になるので打ち切りましたが・・家内もウルウルとして・・。

私が結婚して長女が生まれてもうすぐ三歳になる年のこの日に七五三を共に迎えることなく旅立ったのでしたが、家内はよく尽くしてくれたと感謝しています。

父が急死してから色々と矢面に立たせてしまいまだ独り身だった私を守ってくれた母。

自分の不甲斐なさに今尚申し訳ない気持ちですが私に家庭を持たせてくれて初孫も生まれて短い期間でも家内と長女のお陰で母に明るさが戻ったのが救いです。

自分は若くして学校も行かずに親を養い弟妹を学校へ行かす為に上の兄弟と共に働き父と共に私の為のみならず兄弟を支援する為にも人生最期まで働き続けた母がわたしに・・[人間、親や兄弟からであっても当たり前と思うようになることほど怖い事はない・・前と違うじゃないと甘えて許されると言う事はない!!してもらった事は全て感謝の気持ちをもつように。]と。

苦労続きの人生を送った母からの遺訓として胸にしっかり刻みたいと思います。

供養は正月に家族だけで母の信心していた大国様でしていただいたので今夜はカラオケの帰りに買ってきた母が好きだった甘いものを備えて家族で冥福を祈ります。

いい歳して恥ずかしいのですが毎年この時期は母恋しく寂しいものです

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2012年1月14日 (土)

娘達の展覧会。

今日は中2の長女と小4の二女の作品が展示される区の子供展覧会に家族で出掛けました。

長女は美術部の仲間達と共に木炭デッサンと写真を貼り合わせたコラージュ、二女は木材で作ったオブジェが出ていました。

小学生の二女は子供らしいファンタジックな作品で、長女は部活で腕を磨いただけの立体感あるデッサンに都会的なコラージュで、つい最近まで甘えん坊と思っていたのがこんな作品が描けるようになったかとしみじみ思いました。

娘達のみならず子供達の色彩感覚に感性は本当に素晴らしいと感じます。

毎年感じるのが特別支援学級の子供達の作品・・彼らの作品はハンディを負いながらも負けずに前へ前へ進む彼らの直向きさが伝わる力作で胸を打たれます。

子供達が懸命に取り組んだ力作を観せてもら清々しい気持ちとともに、子供達が胸を張って自由に羽ばたける世の中であってほしいと親の一人として思った子供展でした。

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2012年1月12日 (木)

お客様よりの嬉しい言葉。

今日納品で伺ったお客様より [ミスがなくなったね!!]とのお言葉を頂きました。

こちらのお客様は父親の代からのお取引いただいていて、厳しいタイプの方で私も若い頃から今でもミスをすると厳しい叱責をいただいて怖ーい存在のお客様です。

そのお客様よりの言葉だけにとても嬉しくそのうえ[製品も良くなってるなー。]と笑顔でおっしゃられたので嬉しさも一入でした。

[どうして?] と訊かれたので、 版下を二重、三重にチェックしている事、家内がオペレーターとしてのセンスが磨かれて見出し作業もかなり上達した旨を伝えると。

[そっか・・色々と頑張ったんだDさんはどうしても身内意識が強くてミスしても平気みたいな感じに見えたけど歳だったからなぁ奥さんは真剣に取り組んでるならバトンタッチして良かったね。]

昔からのお得意様だけに亡き両親から引退したオペレーターまで知っている方ならではの言葉がかえってきました。

[突然に御父さんが亡くなり跡継いで色々と苦労もしたろうけど、いい嫁さんもらって子供もできたんだからこんな世の中でも夫婦で頑張れるもんだよ。]と励まして頂きました。

厳しいお客様からこんな言葉を頂けたのも素人だった家内もかなり腕を上げ真摯に励んでくれるからこそだと。

これからも夫婦で時にぶつかり合いながらも良い製品をお客様にお届けするために日々努めようと励みになる有難い言葉でした・・。

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2012年1月 6日 (金)

お客様と二代目の辛さを共感!!

今日も朝から新年の挨拶回りに。松の内にするものだと教わっていたので失礼のないように伺わせていただきました。

午後から伺ったお客様で社長さんと色々と話す事に・・・。

その社長さんは昨年の春から御父さんが会長になられて社長に就任した二代目で年齢も私より少し下で以前より私達出入り業者にも高飛車でなく感じのよいスポーツマンタイプの方です。

新年のご挨拶を申し上げたのでしたがお茶まで入れて頂き話す事に・・。

話の中で[二代目で恵まれていていいね!!]と言われるのが不快だと・・・その気持ち良く判ります!

私も子供の頃から今でも言われる度に溜息が出ますから┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

まぁ人間その立場に立たないと『隣の芝生は青く見える』と言いますから我々にサラリーマンの方達の苦労が判らないと同様に傍目では親がレールを敷いてくれていいなと映るのも仕方ないのでしょうが社長業は結構悩ましい事が多いもの・・。

一層の事サラリーマンで指示通りに働いて給料を頂いた方が楽だと思う事もよくあるもので、社長も頷いていらっしゃいました。

またどうしても下積みから研鑽と努力で起業してゼロから実績を積み上げてきた初代からみればボンボンとして見られて扱われ何かと比べられる事。

これも仕方ない事とは言え二代目としてどう実績を積めるか・・この大変な時代だけにやはり悩ましいとの気持ちも伺いながら良く理解できました。

その他にも古顔の社員の扱いやら色々と気遣いも大変だと ・・。

但し御父上がお元気な内は百戦錬磨の親父が会長として後ろ盾なのだから色々と教われる事は父親の急死で継がされた私からすればこの点は恵まれていると話しましたら会長が頷かれて・・社長は苦笑いされてましたが。

今思えば晩年は勝手でうるさい親父として煙たかったものの自分から歩み寄って教えを得ていればと思う事もあります・・それだけに羨ましくも見えました。

然し話していて共感する事が多い事・・この不況下でに社長を業は大変です(@Д@;

特に就任して間もなく震災が起きて景気も影響した時だけに悩ましかった事でしょう。

帰りは新社長から同じ二代目同士として頑張りましょうと笑顔で握手を求められ、出入り業者に対して威張らない人柄なのできっといい社長さんになれると思いました。

ある方が『問屋や下請けさんに威張ってばかりで内輪の人間にはいい顔はダメ!!』と。

『二代目たるもの内輪の人間にも気遣いは当然なれど外には一層気を遣い、内輪の古顔は大きく出てくるものなので寛容な気持ちとイザとなれば冷酷にもなれる強さを養え』

と言われた事を思い出し自分はどちらにもなれなかったとも・・。

二代目は傍目はボンボンで大切にされてるように見えても微妙な立場であって自分のやり方を進めたくとも横槍が入り簡単にいかなかったりと恵まれているように見えても悩み多く孤独だと二代目同士で話していてあらためて思いました。

最後は自分が強くなるしかないのだと・・。

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2012年1月 5日 (木)

仕事始め、挨拶は緊張します。

正月休みは家中心で家族でノンビリ過ごして今日は仕事始めでした。

午前中は車で都心部の役所関係から企業様に年始のご挨拶まわりを・・虚礼にならないように気持ちを込めてご挨拶しようと思うと毎年の事ながら緊張しますι(´Д`υ)アセアセ

年の始めと終わりの挨拶はご愛顧頂いたお客様方へ・・。

『お役に立たせて頂くよう今年も努めますので宜しくお願いします。』

『一年間、本当にご愛顧頂きありがとうございました。』と日頃のお引立ての感謝の気持ちを表す大切な御挨拶なので失礼のないようにと思えば尚更です。

正に礼に始まりという、この国のとても美しい伝統だと。

我々もある意味ハンコという地味ながらも昔から受け継がれてきた一つの伝統を生業としているのでそうした礼節は大切にしていきたいと思います(゚ー゚)

午後は自転車で地元そして近隣のお客様へご挨拶に・・連休が控えていて松の内は今日と明日なので明日は遠方のお客様へ車でご挨拶に伺います。

世の中震災以降、落ち着かない世相で不安も大きいのですがしっかりと自分てお客様の元に伺い、希望に沿った良い品物をお届けする事で次に繋げられればと思う仕事始めです。

      工場から直接お客様へ技術をお届けします。

            (有)清山堂製印所

          電話03-3712-9142  fax03-3791-7769

                   seizando@chive.ocn.ne.jp

Gomin

2012年1月 1日 (日)

平成24年のスタート。今年は和やかな一年になりますように。

平成24年がスタートしました。
謹んで新年のご挨拶を申し上げますm(_ _)m

昨年は東日本大震災で多くの方が亡くなり、多くの方が愛する人を亡くされ家を失い悲しい年でした・・。

今年はそんな辛い思いをされている被災地と被災者の方たちにこそ少しでも気持ちがホッコリしてフッと笑みが戻るような復興=複光の一年でとなるよう私は無力ですが私の分野で出来る事をしていきたいと思います。

絆が絆を呼び温かな触れ合いが叶えばそこから複光が差し込むと信じて!!

                                   

                                            平成24年 元旦

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