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天使になった実君。

  • 弟とおどけて・・。
    長男、実は2005年2月10日に生まれて、8月21日に突然に世を去りました・・。 何もできないパパでしたが愛と笑顔をふりまいてくれました。 感謝を込めて綴りたいと思います。

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2012年8月

2012年8月31日 (金)

温情に感謝。新しい電気ノコギリ。

日曜日に新しい電気ノコギリが入りました。

今度の電ノコはオートで鋸刃が動いて固定した台木をカットしてくれる安全設計で前のノコのように手で台木を押してノコ刃に指を近づけずに済みゲージが付いていて正確に大きさも図れる優れものです(*^-^)

数年前に引退した同業組合で重鎮だった親方より譲っていただきました。

前のノコは先週突然に動かなくなりモーターがいかれたようでカレコレ私が子供の頃からの機械だけに仕方ないのですが、修理も効かないようで買い替えても何十万ですから一時は途方に暮れましたが親方に相談したら譲っていただけるというこで甘えさせていただきました。

機械の取り扱いの説明をしていただき親方兄弟で車への積み込みまで手伝っていただき、その上、台木まで頂き至れり尽くせりで申し訳ないくらいです・・。

それも譲っていただくというより「うちは持って行ってもらって助かる」と笑顔でくださるというのですから、買えば大変な出費の処状態も良い機械を下さり助けていただきました(゚m゚*)

父が突然に亡くなり同業団体に入れていただき、何もわからない若造の私を可愛がってくださった皆さん・・・親方も何かと励ましていただき豪快な笑い声と笑顔が大好きで憧れの職人さんです。

ご恩情に感謝して大切に使わせていただき良い仕事で恩返ししたいです。

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刃の上に防護カバーがついています。

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鋸刃がオートで動いてゲージに合わせてから台木を前後で固定すれば

カットしてくれるので以前のように手で押さなくてよく安全です(*^-^)

温かなご恩情に助けていただき感謝です。

2012年8月22日 (水)

家族で長男の思いで話・・・。

昨日の長男の祥月命日は、夕刻から大円寺の子守地蔵様へ詣でて長男の冥福を皆で祈りました・・。

七回目の命日・・・可愛らしいお地蔵様に手を合わせながら泣いてきました。

帰宅してから夕飯を食べながら長男の思い出話をしようという事になり、彼の弟である二男に聞かせるように私たち夫婦、長女、二女と彼の話を・・・。

6か月で旅立っただけにどれだけ思い出がと思いましたが娘たちも色々と憶えていて、あの時こんな顔して笑った。こんな風に寝返りしたとか盛り上がりました。

笑ないながら涙がこみ上げてきて・・やはり親子、兄弟だけにいつまでも長男の魂は皆と共にあるのだと温かいものを感じました。

娘たちにとって弟の突然の死は幼心にもとても衝撃的で悲しいことで親としてそんな想いをさせてしまった事自体申し訳なく思っています。

二男に伝え聞かせるように話すのを会うことは叶わなかった二男も聞きながら兄貴の遺影に「お兄ちゃん笑ってたんだ。」と長男そっくりの眼差しで笑いかけてました。

たとえ半年という短い期間であっても家族として共に過ごして思い出は色褪せずに残っていくのが供養であり、立派な墓や仏壇よりも大切な亡き兄弟への追悼の気持ちを娘たちが持っていてくれて弟に長男の事を聞かせてくれることが嬉しく思えた命日でした。

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2012年8月17日 (金)

お盆休みの海水浴。

お盆休み、今年は週末と併せても6日間、長くも、あっという間にも・・。

混雑を避けて地元のプールで涼を楽しんだり、近間のテーマパークに出かけたり、親友が訪ねてくれたりと楽しく過ごせました。

終盤に二女の念願の海水浴へ・・・。

行ったのは有名海水浴場でなく京急、金沢八景駅よりシーサイドラインで二駅の[海の公園]へ・・。都心から一時間程で手軽に行けるのが好いです。

公園というだけあって海水浴場といっても海の家があるわけでなし休憩所があり、着替えは無料の更衣室とシャワーが備えられていてそこで仕度して大屋根が海岸にあるのでパラソルがない場合はそこに陣地をしていざ海へ。

11歳と5歳にして初の海水浴で二人とも大はしゃぎでバシャバシャと大喜びでした(ノ∀`)・゚・。 アヒャヒャヒャヒャ

入り江の海水浴場とあって海岸線は広く遠浅で波は穏やかでこの日は混んでなかったせいか安心して遊ばせられて良かったです。

対岸はマリーナで八景島シーパラダイスも見え、海水浴の他に潮干狩りにウィンドサーフィンも楽しめます。

二時間ほど遊んでから帰路に着きましたが二人の初海水浴は混雑した海でなく遠浅の海でゆったりと遊べて良かったです。

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2012年8月14日 (火)

祖母の祥月命日・・。

今日は私を可愛がってくれた祖母の祥月命日です。

祖母とは生まれてから中学2年まで共に過ごして色々と思い出もあります・・。

いじめられっ子の私が泣いてると通りかかっていじめっ子を怒鳴り飛ばして蹴散らすくらい強くて私を守ってくれたり・・強い明治の女だったと亡き母も言ってました。

実父の妹であるヒガミ根性の強い尊大な伯母が同じ孫なのに私ばかり可愛がるとヤキモチ焼いたという位で道理で母と私には強く当たったと(笑)

実父が生国のならずもの国家、大日本帝国に騙されて侵略した土地とも知らず満州に赴いたときは毎日お百度参りを欠かさずに無事を祈って生きて帰ってきてからは毎月必ずお大師様へお礼のお参りをしてたと。私は葛餅をお土産に買ってきてくれるので毎月楽しみでした。

それだけに生きて帰れたのは母親の信心の賜物と実父もとても大事にして孝行してもらい幸せな老後を過ごせたと・・。

母もとても大事にして「たいしたお婆ちゃんだった」と最期まで言ってました。
その姑を大事にした母が苦労して老後もなく逝ったのは悲しいのですが。

私は14歳まで祖母の愛情に恵まれたのに母は長女が二歳の時に旅立ち、二女以下の子供達とは会えずじまい・・・長女も2歳では可愛がってもらった記憶もおぼろげだけにゆっくり孫との触れ合いも老後もなく逝った母も、祖母との思い出もない子供達も可愛そうだと。

人の力ではどうにもならないだけに無情にも思えますが、今の私を天界よりどう見ているか。

私はともかく家内と曾孫である娘たちと息子を私を可愛がってくれたように守ってくださいと毎日祈っています。
詫びないといけないのは孫の私より先に曾孫の長男を逝かせてし待ったこと・・・。

母とと共に長男を膝に抱いて私がそちらへ逝き長男を再び抱き上げる再開の日があると信じてそれまで預かっててくださいと今日もお参りしたのでした。

明日は敗戦記念日ですが母の月命日・・・寂しく感じます。

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2012年8月12日 (日)

リンディーホップ教室へ行ってきました。

昨日は夏休みの自分発見と称してダンスのレッスンを受けてきました。

「リンディーホップ」という1930代のハーレムの黒人を中心に広まったダンスで、月一回ダンスパーティーも行われていて誘われはしたもののいきなり言ってもという訳で入門者向けのレッスンを受けたのでした。

何分初めてという事でハラハラドキドキで会場へ・・・・。
講師の男女お二人が和やかに迎えていただきストレッチをするように指示いただき参加者が揃うまでストレッチをしているうちに大丈夫かと不安も・・。

レッスンは入門編という事で初歩的なステップの説明と鏡を前にして先生に併せてステップするのですが固くなっていてついていけない( ̄Д ̄;;

続いて男女の手のつなぎ方に肩のまわし方から二人で基本ステップを音楽に併せて踏むのですがチャーミングな若い女性レッスン生さんと組む時は緊張で、先生と組んでも固くなり、もっとリラックスをと何度も気持ちをほぐすように言っていただけて救われました。

それでも初歩的な一通りの動きを教わり、最後はホップな音楽に乗って教わったステップをパートナーを順にローテーションしている時はリズム音痴でぎこちないのは拭えませんが「ダンスって楽しい」と思えました(*^-^)

「最初からできなくて当たり前で慣れることから」と講師の先生の言葉通りステップすら出来ずじまいでしたが少しはなれたかと・・。

心地よい音楽に乗って体を動かせたのは良かったです。また行って教えていただきたいと思いました(゚▽゚*)

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2012年8月 5日 (日)

中年男の思春期・・。

人生折り返し点も過ぎた年齢になり、ふと考えたりしてしまいます。

過去を振り返っても仕方ないのはわかているようでもアレコレと振り返ったりしてしまいます。

「あの時こうしておくべきだったのでは・・・。」「何で自分で考えて動けなかったのか・・。」

そして今の自分を見て、

「自分は自分の本来の生き方をしているのか、違う自分を演じながら理屈をつけて自分を封じ込めて結局は飛び出す事を恐れ楽な選択をしているのではないか・・。」

と自分の裁量の未熟さを思い、

「この先自分は親としてどう子供達を育て老いてどう生きるべきか・・自分たちの老後は暮らせるのか、それ以上に子供達が世に出るころは子供達が希望に満ちた気持ちで歩める社会になっているのか?」

と将来に対する不安も。

ある種の中年男の思春期というか・・・。
思春期の時を思い返すと過去に対しての思いより「なんでこんな家でこんな親に生まれたんだろう」というガキの我儘ででした。

そして勉強や進路の悩みに先生や友達との関係で兎角イライラしたりしたもので将来への不安は感じながらも先生や親の庇護があって守られているなかで通り過ぎた気がします。

大人となりこの年齢だと社会的にも若い時と違い他人様から教わって覚えるのでなく今まで教わり積んだ経験で自ら考え家族を守るためにはどうすべきかを考え答えを出す責任があるのです。

当然自分の夢や想いは抑え込むかしまいこむしかないのです。

自分に見切りつけて早々に世上がりして来世こそ好きに生きたいなどと思ったり・・。こんなことで悶々としても仕方ないと自嘲しながらの中年思春期はいつまで続くのか・・。

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